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母親の悲しみ

幼子を亡くした母親は、我が子の死を受け容れることができませんでした。
母親は亡くなった我が子をきつく抱きしめて決して手離そうとせず、来る日も来る日も泣き続けました。

母親は食事も喉を通らず一気にやせ細り、頬は扱け、目は虚ろとなり、その悲しみの姿は、まるで全ての希望を失い、もはや我が子なしでこの世に生きていることすら無意味に感じられるほどの痛ましい姿です。

子どもを失った重く鋭い悲しみは、底なし沼のように果てしなく続きました。身も心も壊れる寸前の母親は、もうどうしていいかわからず、終にお釈迦様に助けを求めました。
「どうかこの子を生き返らせてください。どうかこの子を…」

お釈迦様は、泣き崩れる母親にこう言いました。
「この子を生き返らせる方法を教えよう。村の家々を訪ねて、ケシの実をもらって来なさい。ただしそのケシの実は、今まで一度も死者を出したことのない家からのものでなければならない。そうすれば、あなたの赤子は生き返るであろう」

母親は、我が子を生き返らせるため必死になって、村の家々を訪ねて回りました。
「あなたの家は、今まで死者を出したことはありますか。死者を出していない家なら、どうかケシの実を一つ分けてください」

しかし、そんな家は一軒もありませんでした。我が子を生き返らせる希望を断たれ、落胆していた母親は、ふっと、あることに気がつきました。

「愛する者を喪ったのは、決して私だけではない。一軒も死者を出していない家がないということは、今の私のような悲しみを誰もが経験しているということなの?生きとし生けるものは、決して死を免れることはできないということなの?

いつか誰もが必ずこの世から去っていく。この理をしっかりと胸に刻もう。灯が消えたような寂しさと悲しみで打ちひしがれている今の私の姿を我が子が見たら、きっと私以上に悲しむに違いない。我が子にこれ以上苦痛を与えたくない」

そう思った母親は、今まで全く喉を通らなかった食事も、数日振りに一口だけ食べることができました。それはたった一口であっても、我が子を無くし無残なほど悲しみに耽る母親にとって、自ら真っ暗な心に明かりを灯すことに繋がった大切な一口でした。


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