33歳のおじさんがnoteのしくみでみた未来の幸せのかたち

私は33歳になります。心も身体も若者との差を見せつけられ、少しずつおじさんを感じさせられている日々です。

おじさんはnoteのしくみを理解するのに時間がかかった。例えば「サポートする」というボタンがある。もちろん言葉の意味はわかる。ですが使い方となるとすぐには理解ができない。

ポチッと押すと100円、500円、1000円と選べる画面が出てくる。要は寄付するしくみなんです。noteでは文章、イラスト、写真などに対して人に寄付したり寄付してもらったりするしくみが標準で備わっている。

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出典:noteヘルプセンター

私にはこれがなかなか理解に苦しむしくみでした。いや、いまだに本当の活用方法はわかっていないかもしれない。この「サポートする」に限らず、クラウドファンディング、ほしいものリストなど当たり前なってきたしくみを理解しなくちゃいけないなと思ってきています。

そこでnoteのしくみからみた新しい幸せのかたちを私なりに考察してみました。

「サポートする」でみた新しい人間関係

「サポートする」はシンプルに寄付なんですよね。あなたの記事や漫画やイラストが気に入ったので応援しますという意味を込めた寄付なんだと私は思っています。

一方でnoteは有料にすることができます。一般人でも自分のコンテンツを有料にして売ることができるのです。ですので「サポートする」に頼ることなく収入を得ることができるんです。

稼ぐという観点でみれば無料公開して「サポートする」に頼るよりも有料noteの方が確実である。では「サポートする」とはなんなのか?

「サポートする」は新たなコミュニケーションのかたちなのではないだろうか。

インターネットが誰でも容易に使えて、発信するためのプラットフォーム(ブログとかSNS)が整った。つまり情報は職種に関わらず個人であっても発信できるようになった。

例えば漫画は多様性が拡がった。現在のようなSNSが発展する前では雑誌編集者のお眼鏡にかなわなければならなかった。しかし今はnoteで公開することができる。または同人誌をコミケで売ることができる。副業漫画家が可能な時代になった。

メディアが発信者として一強だった時代がある。少なくとも私が高校生くらいではそうだった。メディアの言っていることを信じる他なかったし、幸せな人の生活もおおよそは共通のモノであったように思う。立派な一軒家に住み、毎年海外へ家族旅行に行く。そんなことないと思っている人でもメディアが提唱する幸せのかたちを意識せざるをえなかった。


現在はSNSでそれぞれが幸せのかたちを認め合える環境ができました。

質素だけど自由な時間がたくさんあって幸せです
不便だけど自給自足の田舎暮らしが楽しいです

そんな発信に対してSNSでたくさんのいいねが付く。前澤友作さんのように大金を持て余すことに対してもいいねしながら、私は現状でも十分幸せですと言えるくらい達観した人も少なくないと思います。

モノは十分

現代はめちゃめちゃ便利になった。便利がサチってきたと思うんです。

私が幼い頃、今から20数年前は欲しいものが高かった。テレビ、パソコンは誕生日やクリスマスでほいっとプレゼントしてもらえる品ではありませんでした。安物でも15万近くしていた。

でも今は欲しいものが安くなった。高校生、大学生ならば欲しいものは全て手に入れられます。テレビ、パソコンは5万円あれば買えるし、それよりも面白いことがなんでもできるスマホも5万円で買える。欲しいものは1週間バイトすれば手に入るんです。車は1時間1000円くらいで借りればいいし、なんなら移動しないでネットで遊べばいい。


便利すぎる。便利すぎた末、そんな現代に欲されるものが新しいコミュニケーションなんだと私は思ったのです。

少し前に収入と幸福度の関係についてプリンストン大学のダニエル・カーネマン教授らのグループの報告が話題になりました。年収800万円までは収入と比例して幸福度が上がっていきますが、年収800万円を超えると収入が増えても幸福度は上がりにくくなる。

最近は家電の価格も下がっていて、無料で遊べるツールも増えてきたことから年収が800万円に到達していなくても十分な幸福度が得られると私は思うのです。そして幸福を求める先が人間関係になっている人が増えているのではないかと睨んでいるのです。


新しいコミュニケーションとはなんなのか?

キンコン西野さんもyoutubeで似たようなことを言っていましたが、今はギフトを贈って相手が喜ぶ姿を見て自分も幸福感を得るという幸福のかたちが多様化してきた。

一般的には親族であったり近しい友人などがその対象でした。しかし昨今は人とのつながりも多様化している。SNSだけのつながりで顔も本名も知らない人にギフトを贈ることへの抵抗がとても小さくなった。

誰であるかは関係なくて、その人が提供しているコンテンツが気に入ればギフトを贈る。そのギフトを励みにさらに良いコンテンツを提供してくれたらお互い幸せだよねという考え方。それが今SNS上で行われている新しいコミュニケーションなのではないだろうか。


国の施策で電子マネーの普及はだいぶ進んでいるというニュースを見ました。お札と硬貨は不要になろうとしています。さらに次の未来にはSNS上のコンテンツが本名・住所・連絡先ついには人柄に替わるのではないでしょうか。本名と顔を知らなくたって新しいコミュニケーションは取れる。この辺りの進歩は敏感になっていて損はないと思いますね。


あとがき

私は何も考えずに生きてきました。ただただ目の前の道を周りのペースに合わせて歩んできました。そのおかげで収入を得る手段は給料か投資しか知らないまま33歳のおじさんになってしまったわけです。

私(と同世代)がもらえる年金はしょぼいのが目に見えています。新しいコミュニケーションのかたちに参加して本名も顔も知らない人たちと助け合ってうまくやっていきたい。このコミュニケーションではいい人が必ず幸せになれます。

シンプルにいい人になりたいです。

我が家の夕食の鶏肉を国産に変更させて頂きます!よろしくお願いします!