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「満月が欠けた日 ~もし皆既月食を知らなかったら~」

「皆既月食」という天体ショー。

私たちは科学技術の発達のおかげで月食があることも、その時間帯も事前に知ることができるようになりました。

でも、もし「月食の存在自体」を知らなかったとしたら、全然違うことになるのではないだろうか・・・?

・・・ということで、ストーリーを作ってみました。
(誰かイラストをつけてくれる人が見つかって絵本にできないかな…)

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「満月が欠けた日」 by 西澤 ロイ

ある日の夜中、カケル(10歳)はふと目を覚ました。
トイレに行きたくなったのだ。

横で寝ているタケル(43歳)を揺り起こす。

「とおちゃん、トイレ行きたい。」

「んー・・・
 カケル。お前はもう10歳だろう。
 一人でトイレくらい行けなくてどうする。

 それに今日は満月なのだから、空は明るいぞ。
 勇気を出して、一人で行ってこい!」

「はーーぃ・・・」

2分後、用を足したカケルは、家の中に戻ってきた。

「とおちゃん、今日は満月じゃなかったみたいだよ。」

「なーにバカなことを言ってるんだ。寝ぼけてるのか。」

「ほら、見てごらんよ。」

「そんなはずがない・・・じゃない・・・か・・・」

唖然とするタケル。

ふと我に返り、慌てて上着を羽織る。

そして、「大変だ~!」と物見台を駆け登っていき、緊急を知らせる鐘を鳴らす。

カーン! カーン! カーン! カーン! カーン!

カーン! カーン! カーン! カーン! カーン!

カーン! カーン! カーン! カーン! カーン!

嵐が来たときには3度、敵が襲ってきたときには4度鳴らすことになっている。

そして、5回の鐘が意味するものは「異常事態」。

タケルは25年間、物見役を仰せつかっているが、鐘を5回鳴らしたのはこれが初めてだった。

眠りについていた村の住人たちが、松明と武器を手に、次々と家から飛び出してくる。

「なんだ、なんだ!?」

みなの顔には、驚きと不安が隠せない。

誰かが「あっ!」と、天に指を指す。

そして、どよめきが広がっていった。

今まで目にしたことのない光景に、全ての者が凍りついた。

「タケル、一体何ごとじゃ!」

長老が遅れて外に出てきた。

「長(おさ)、月が・・・何者かに・・・喰われていきます。」

「何だと!?」

長老は空を見上げ、茫然と立ちつくす。

「な・・・なんということだ・・・

 月が・・・なくなってしまうのか・・・」

長老は力なく膝をついた。

誰もがしばらくの間、口を開くことができなかった。

ただ空を見上げ、成り行きを見守ることしかできない。

三日月よりも小さくなっていく月。

その時、誰かが声をあげた。

「喰われてるんじゃねぇ。燃え尽きてるんじゃねぇべか。」

再び、どよめきが広がる。

確かに、月はいまだ丸く、光の消えてしまった部分は赤っぽく見えた。

「そうか、月の寿命が来てしまったのか・・・」と長老。

「まさか、わしの方が長生きしてしまうなんて、想像だにせんかった・・・

 月よ、今までのたくさんの恵みに感謝します。

 ありがとう。

 ありがとう。

 今まで本当にありがとう。」

それを聞いた村人たちは、口々に「ありがとう」と唱えだす。

村中(むらじゅう)を満たす感謝の祈り――。

火の消えてしまった赤い月が、ただそれを見守っていた。

 

それから半刻ほどが過ぎただろうか。

「また火がついたぞ!」

人々のどよめきが、歓声に変わる。

「月がよみがえったぞ!」

村人たちは、抱きついて月の復活を喜びあった。

みなの目からは涙が自然と流れ落ちる。

「ありがとう!」

「お帰りなさい!」

それから、満月のやさしい光の中で、自然と宴が始まった。

「カケル、ありがとうな。
 お主がいなければ、わしらは大切なものを見逃すところじゃった。

 そしてタケル、ご苦労であった。
 物見としての責務をよくきちんと果たしてくれた。

 さて、皆のもの。

 月のかけがえのなさに、わしらは今まで全く気づいておらんかったな。

 そして、月が今まで与えてくれたたくさんの恵みを、当たり前だと思ってしまっていた。

 今夜、わしらは大切なことを学んだ。
 このことを、これから代々伝えて行こう。

 月よ、ありがとう。
 無事でいてくれて、本当に良かった。」

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