読書感想:潮騒/三島由紀夫

 有名な作家の中には、その本人の個性も強いために、勝手に「この人ならこういう話を書くんだろうなぁ」と想像してしまっていることがあります。
 今回は、その想像を、いい意味で裏切られた本の感想です。
〇タイトル:潮騒/三島由紀夫

〇読み始めから読了までの期間
2011.11.25~2011.11.30

〇読み始めたきっかけ
 まただいぶ前の読書ノートの投稿の再編になります。この年は私も新入社員で、慣れない社会人生活に苦悩し、現実逃避から(失礼!)読書量が増えていたようにも思います。
 読書ノートには「仕事も落ち着き、心に余裕ができてきたので、少しヘビーなのを電車で読んでもOKかな?と思ってこのチョイス(「三島由紀夫」=「自殺」=「重い」という、勝手なイメージ)」と書かれていました。

〇読み終わった感想・意見
 いやはや、読み始めたきっかけは本当に「勝手なイメージ」だったことを痛感いたしました。
 原作本がすでに手元にないので、これを読み返しての改めての正確な感想にはなっていないかもしれませんが、少なくとも読み始めたきっかけの勝手なイメージとは裏腹のとても爽快な、明るい小説だったことは強く印象に残っています。
 

 舞台は伊勢湾の島、そこで暮らす人々の生き生きとした姿を描いた物語だったと思います。内容については、基本はラブストーリーなのですが、話の進み方も王道そのもので、その過程も、読む前に懸念したようなヘビーな展開も、陰鬱な話も全くなく、終始明るい雰囲気だったことを記憶しています。こんな明るい小説を書く人が、どうしてあのような最期を遂げたのだろうかと、強く疑問に思ったくらいです。
 

 読んだ当時、私は、主人公の新治(ひたすらかっこよく男らしい、そりゃヒロインも惚れるわなぁというキャラ)より、そのライバルキャラの安夫(家柄だけよくて肝心な時ヘタレる情けないキャラ)に共感を抱きました。とことんまで男らしくない器量の小さな男、でも、命が危ないときには保身に徹底するのは普通だよなぁ、と、そんな彼に、自身の境遇を重ねていたのだと思います。

 あれから10年、年を重ねた現在はどうか、と問われると、明確に「新治君のように動ける」とは言えず、まぁ基本的には自分の保身を第一に動いてしまうとは思います。しかし一方で「やるときゃやらないとな」と思うこともあり、多少は使命感で動くこともできるかもしれないとは思います。
 某有名アニメのOP曲の歌詞にもあるように「優しいだけじゃ守れないものがある」とも思いますので(まぁ、有事というのは、本当にその時になってみないと、何とも言えませんが…)。少なくとも2011年当時よりは、無理に頑張ろうとも極度に卑下したりもせず、フラットに今の現状を見つめて行動できるのでは、と思っています。

 もう一つ強く印象に残ったのは、その描写の生々しさでした。具体的な文章は今ここに原著がないので示せませんが、主人公とヒロインが二人きりになるシーンがあり、そこでの女性の肢体の表現がとてもリアルで色っぽかったのを覚えています。ヒロインが胸元についたセーターのホコリを払っているだけのシーンだったと思うのですが、ただそれだけのシーンにとても色気を感じた記憶があります。
 だいぶ後に、妻がかつて「春の雪」を読んだ感想として、三島由紀夫を「あれだけ美しい日本語を使う作家はいない」と評したとき、私も「潮騒」を読んだ時に感じた、文章表現のすごさを改めて思い起しました。
 まぁそんなことを言いつつ、結局、三島作品は今のところ「潮騒」以外手を出していないのが現状なんですが、今後、折を見て挑戦していければと思います。


 三島由紀夫については、その人となりについて、軽くではありますが、興味本位でいろいろ調べたりもしました(割腹自殺の直前、市ヶ谷駐屯地での演説の録音も聞きました)。「潮騒」を読む前は正直それらの印象から「思想の極端な、ちょっとヤバい人」という印象が強かったのですが、読んだ後では、なんというか、あまりに純粋すぎたというか、まっすぐ過ぎた人だったのかなぁ、という思いに変わりました。

 こういった、自身の偏見を取り払った意味でも、読んでよかったと思った一冊でした。

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