鬼滅の刃▪︎二次創作【隻腕の天鉄刀】

鬼滅の刃【隻腕の天鉄刀】

 まるで炎の精霊のようだった。その武士が巨木ほどの躯体である上、強靭であるはずの鬼の腕を見事に切り裂いたことに感嘆する。他方で私への興味が尽きないのか、警戒心こそ解かないものの、視線は雄弁に私が何者かと問い質している。

聞けば男は鬼を殺しているという。これは長い歴史の中にある復讐と罪滅ぼしの過程だと。鬼神のごとく強い剣士の技とは裏腹に、人間らしい孤高の姿に、私は自らの立場も役目も忘れていた。それこそ後光を背負う仏に頭を垂れるように、気付けば私は武士に協力を申し出ていた。まるで自らの命を乞うように。

 継子となり水の呼吸の型も未熟ながら修得できた。柱の勧めもあり、新たに特注の刀を作ることになった。隠の案内のもと里に到着した。山間の分かりにくいところにあるようだが、最終選抜場のように藤が咲き乱れている。これでは半端な鬼は近づくことさえできないだろう。歴史の長い隠里らしい景観だ。

鍛治士には既に希望を伝えており、仕上がりまでの数日を待つだけである。里には過去の天才鍛治士が鍛造したという銘刀▪︎天鉄刀も飾られているそうだ。里を起こした際の創始者の一人でいまだ彼が残した幾つかの銘刀に及ぶ刀はできないらしい。奉られている社へ行くと鬼殺隊員とおぼしき剣士と宮司が揉めていた。これは真打ではなく影打で実戦に耐えられるものではない。あくまでも技術伝承のための模造刀だと。何やら押し問答の末、隊員は諦めたのか引き下がっていった。

 見せて貰った影打は、言い表せぬ魅力が感じられた。握らせて貰った刀は依頼していた仕様に近い。むしろ理想そのものだった。可能であれば微調整したいと思いつつ、宿に戻ると里長の使いだという能面男が待ち受けていた。近くに鬼が現れたらしく、討伐をお願いされた。予備の刀を借りた継子は、先ほど社で見かけた隊員のほか、里に滞在する三人と共に村へ向かった。

 到着した村。村人の影も形もない。鬼に襲われたと言うのに争った跡さえない。寂れて長いように見えるが、何年も放置され、風雨に曝されているような印象も薄く、不思議な感じだ。探索していると、目の前に現れたのは隻腕の鬼。身体の欠損など治すことも容易い鬼にあって異形の姿。手負いの獣を彷彿とさせた。隊員らはみな一様に油断も慢心もなく隻腕の鬼と対峙した。

 鬼が現れたため、隠里の場所が知られたかもしれない。隻腕の鬼を討伐後、段階的かつ一時的な避難をしつつ、様子見となった。継子も滞在が延期される。里の周囲を警戒する。そんな一週間が過ぎようとしていた頃、特注の刀が手元に届く。天鉄刀と比べてしまう。銘刀というだけあって不思議な魅力が、魔力がある。もう一度、握りたい。そんな渇望に駆られ、社に行くと宮司が倒れていた。

気絶しているだけだった。何事か。と周囲を窺う継子。すると里を覆う藤の花から炎が上がった。警鐘が鳴り響くなか、避難を手伝おうと踵を返した継子は、ふとした気配に振り返った。そこには天鉄刀を手にする、里を訪れた際に揉めていた隊員がいた。

違和感に反応が遅れてしまい、隊員から繰り出される技を僅かながら喰らってしまう。御前試合で二度ほど見たことある。炎の型、不知火。に似ていた。がどこか違う。継子はそんな思案も一瞬のうちに抑え込み、直線状に飛び出した隊員を慌てて追いかける。そのときだった。背後の社が薙ぎ払われ、奥から隻腕の鬼が飛び出してきた。

一体どこから。そう疑問に思う暇もなく戦火が上がる。意識が混濁しているのか、先の近隣の村と同様に手負いの獣のような力押しの攻撃。死に物狂いと言い替えて差し支えない。炎が渦巻く里の中、激しい攻防が交わされる。鎹鴉からは里の避難状況の他、様々な情報が伝えられる。当代の炎柱が継子に殺害されたと。驚く。矢継ぎ早の報せに戸惑った瞬間だった。鬼の攻撃を往なせず、側面から受けてしまう。刀が折れる。

攻撃の手段がない。刀鍛冶の里だ。どこかに刀剣が落ちているだろう。隻腕の鬼の攻撃を回避しつつ、里の中を駆け回る。落ちている刀を拾っては反撃するも、呼吸の型と馴染まない。致命傷に至らない。その前に手にした刀が再び折れる。それが繰り返される。鬼も業を煮やしたかのように突如血鬼術を繰り出した。いや先ほどまでの形振り構わない攻撃ではない。鬼が意識を取り戻したように見える。

血鬼術に足元を掬われた。姿勢を崩しつつも滑り込んだのは、どこかの工房。夥しい数の刀が棄てられている。手探りで、だが導かれるように1本の刀を握る。振り抜くと、理想の一閃が走った。壱ノ型 水面斬りが今までにないくらいの威力で繰り出される。まるで血鬼術のようだった。追いかけてきた鬼を、その剣圧が薙ぎ払った。両断される身体。だが、殺せたわけではない。継子は崩れ落ちる鬼の下半身を飛び越えると、その太い首をを切り落とすした。 

 繰り出される肆ノ型 盛炎のうねり。炎の型は往々にして力に依存した技が多い。同じ壱の型であっても、速さを重視した雷の霹靂一閃と、炎の不知火は違う。技術により生み出される速さの居合いと、筋力によって打ち出されるような刺突。それ故に速さがあっても炎の型は小回りが利かない。翻弄するように飛び回れば、戦力を削げる。

 秘密裏に炎柱が持つ、日記と裏帳簿を奪えればと思ったが、当代と会敵してしまった。まさか継子が勝手をするとは思っていなかったのだろう。が、困惑する炎柱から先制を奪えたことは大きかった。室内ということも利を活かせたように思う。見様見真似で会得した霹靂一閃を連続で繰り返し、壁や天井を蹴って外へ向かう。もう少し柔軟性のある動きができれば、また違う反撃ができたかもしれない。

 もう鬼殺隊に戻ることはできないかもしれない。だが、継子の目的は最初から家族を嬲り殺した鬼への復讐だった。果たされた後はどうなっても構わない。不思議だった。最終戦別の場所に鬼がいたことに。そいつは言った。閉じ込められてから何人も子供を食ったと。そいつは当時の皆で協力して、殺した。

 鬼に勝てなければ意味がない。殺せなかったから閉じ込めた。そうやって問題を先送りにして、体よく鬼を利用し、飼い殺していたに違いない。それを継子になってから理解したが、賛同もできた。あの程度の鬼を柱が殺せないわけがないからだ。全部が全部じゃないと分かっていても、鬼殺隊への不信感が芽生え、払拭できなかった……。

 私の村は刀鍛治の里だった。ある日、鬼に襲われた。家族も友達も殺された。当時、鬼を討伐したのは今の炎柱。拾った命。鬼への復讐のため、命の恩人への手助けにと弟子入りもした。何年と経ち、力を認められ、特注の刀を作ることになった。隠に案内されたとは言え、漸く辿り着いた里は、かつて私が生まれ育った場所。鬼の襲撃を受けて滅んだはずの村の上にあった。

 懐かしいと思うよりも先に何故?という疑問が起こった。以前にはなかった藤の花が村を覆っていた。隠すように。或いは何かを閉じ込めるように。奇妙な思いの中、村を練り歩いていると、一際と堅牢な、それこそ光さえ射し込まない屋内の中で、鑪の激しい炎が燃えていた。金槌を打ち、迸る火花。その刹那的な灯りに照らされたのは、かつてこの村を襲った鬼そのもにだった。

 記憶の中にある巨木ほどに大きな躯体。その腕を当代の炎柱が切り裂いた。その鮮烈な姿は記憶にも刻まれている。幼心の記憶違いもあるかもしれない。夥しい刀に埋もれ、金槌を振り下ろす男の一方の腕はなかった。何故、何故?そう問い質す私はその鬼の背後で刀を振りかざしていた。

 「そうか。宮司はいないのか。誰だか知らないが、私を殺したいのだな?だが待ってくれ。もう少しでできそうなんだ。日輪刀を越える刀が。そうしたら殺してくれて構わん。その刀を、出来上がった刀を、あの日私の命乞いに応えてくれた、命の恩人である柱に渡したいんだ」

 振り向きもせず金槌を打ち続ける鬼。私の何かが壊れたような気がした。初めて刀がこんなにも重いと感じた。私は……復讐することを誓った。炎柱が鬼を匿っていたこと。きっとその証拠もあるはず。どうせ藤の花で件の鬼は逃げられない。先ずは裏切った炎柱を調べる。そう覚悟を決めた私は、師事した炎柱の屋敷へと戻ると、行動を開始した。

 里を守る藤の花が全て燃えた。鬼の襲撃とも重なり、刀鍛冶の隠里として復興も難しいとの判断が下された。鍛治士達は散り散りとなったが、継子は偶然と手にした刀が誰の銘か気になった。銘刀の影打ちはどこに持ち去られたのか。死亡した炎柱は自害だったそうだ。遺書はなく、理由は不明。継子も行方知れずとなり、新たな才能ある武家が炎柱に就くということだった。

 里の者に件の工房について聞いて回ったが、天鉄刀影打ちを管理する宮司が立ち入りを固く禁じていたため、どのような職人が住んでいたかは知らないそうだ。鬼が現れた社の奥を調べると、今は塞がっているものの、牢獄のような広間があり、さらに奥には抜け道らしきものが繋がっているとなっていた。外にも藤の花があるため、鬼がここから侵入したとも考えにくい。が、藤の花がどれほど驚異になるかは分からない。無理すれば入れるのかもしれない。

 火元は分からなかった。宮司もそこ所在は分からない。影打ちを持ち出した隊員も誰だったのか。隠里でのできごとは分からないことが多かった。育手でもある当代の水柱の元に戻った継子。混乱に乗じたついでに打ち捨てられていた刀も譲り受けた。ことの顛末と過程を報告する。すると柱は刀に興味を持った。暫くと眺めていたかと思えば、刀の柄を外し、銘を確認した。

 そこにはとある地方を連想させる自作らしき短歌が書かれていた。鬼切りの刀の発祥地とも言われる筑前国(福岡県)。先の隠里の刀鍛冶の一部が身を寄せる場所でもあった。柱はこれほど立派な刀は見たことない。今も生存しているならばぜひ協力して欲しいものだと言った。

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