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困窮の果実

アンジャッシュの渡部健があいかわらず表に出づらい状況になっている。
かつての多目的トイレ不倫がいまだに尾を引いているのだ。わたしは特にファンというわけでもないし、なんの応援もしていないのでテレビに出ようが出まいがどうでもいい。
しかし渡部がテレビに出られないという状況を作り出している空気は好きではない。

個人的に思っているのは、渡部に限らずこの手の叩き続けられる人たち(たとえばかつての極楽山本とか)は自身の作ったきっかけが原因というより、我々社会の側に原因があるということだ。
本当に極楽山本やアンジャッシュ渡部が憎くてやっている層もわずかにいるとは思う。しかし大多数はそうではないのではないか。

彼ら彼女らの原動力は「自分より成功している奴らを引きずり下ろしたい」の一点に尽きる。

テレビに出てチヤホヤされ大金を稼いで楽しそうに生きている奴が、ミスを犯したので殊更過剰に反応してなんとか元の生活に戻らせないように頑張っているだけなのだ。
自分より生活水準が高い連中が失脚するというイベントに快楽を見出している。ネットというツールでそのトラブルに積極的に介入でき、また頑張れば自分の望み(相手の凋落)が叶う現代において彼ら彼女らの娯楽になっている。

こう考えると、原因はとてもシンプルに日本人の貧困と思えてくる。二極化が叫ばれて久しいが、バブルの頃のように庶民でも輝きを放てる時代は終わった。現代に生を受けている者たちが生きている間にもう二度と、あの80年代後半-90年代前半の狂ったような好景気は来ない。庶民がキラキラ輝き、世界でも群を抜いた存在感を示し、世界中の連中を小馬鹿にしてた時代は来ない。世界から小馬鹿にされる側に回ってしまったのだ。

だから、メディアを通して成功者を眺め続け羨み続けているところに、千載一遇の失脚チャンスが来たらここぞとばかりに奮闘する。
とても悲しい心理が働いているのだ。

このようなシビアな社会では生きたくない。
心が疲れちゃうだろ?

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