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  8-(2) 学級委員は?

それからだ。学校は楽しいばかりの場所ではなくなってしまった。前の学校とちがい、男子と女子は別々にかたまり、なんとなくとげとげしいふんいきだ。担任の田中先生への不満が、クラス中にくすぶっているようだった。

6月の初めころだったか、登校のとちゅう、4年1組の大屋の加奈子に言われた言葉で、マリ子はさらに気がふさいだ。

「マリちゃん、知らんのじゃろ。2組じゃ、あんた〈ひいきもん〉て言われとるんてな」

知らなかった! そうだったのか。となりのクラスに知れるほど広まっていたのか。

ときどき、変だと思った。負けずぎらいの中野あゆ子や藤木勝子が、マリ子をチラチラ見ながら、ささやき合ったり、目配せしたりする意味が、マリ子にはわからなくて、ひっかかることがあった。

でも、そう言われるのも、むりはなかった。マリ子だって自分で気に入ら ない絵や習字が、うしろの黒板に張り出されたり、作文は読み上げられる、体育の時間には、もはん演技をさせられる、などなんだか居心地悪い感じがつきまとっていた。先生はたしかにマリ子に肩入れしているのだ。

それで、マリ子は先生に何か言われても、聞こえないふりをした。つまり、先生を無視することにした。でも、うまくいったのは、初めのうちだけだった。声をかけられれば、すぐに反応するのがマリ子なのだから。

気がついてみると、返事を返していて、自分にがっくり、をくり返しているうち、ばかばかしくなった。やめた、勝手にしておくれ、とやりすごしているうち、やっと夏休みになり、マリ子は解放感をぞんぶんに味わったのだ。

ああ、魔の2学期になりそう・・。先生は本気でマリ子を学級委員に指名 するつもりだろうか。これだけは、なんとかしなくては・・。

マリ子が4年2組に入ると、三上裕子のうれしそうな顔が近づいてきた。

「マリちゃん、元気じゃった?」

マリ子はとたんに元気づいた。裕子は1学期の学級委員だった。小がらで おとなしいが、勉強は2組で1番よくできる。それにしんせつで、転校生のマリ子には特別気をくばってくれた。

このまま2学期も、裕子が学級委員をつづけてくれたら、問題解決なんだ。そうよ、そうなれば、マリ子が悩むことはないんだ!

裕子は、同じ帯野村でも、マリ子の住む西浦とは、遠くはなれた亀井地区 から通っていた。マリ子はさっそく夏休みの話をした。

窓の外は、まだ真夏の照り返しが残っていた。すずかけの大きな葉の影が たまにゆれると、ほっとするような蒸し暑さだった。

田中先生は宿題を集めたり、プリントを配ったりしたあと、学級委員の話を取り上げた。

「だれか立候補したいもんは、おるか?」

先生はまずそうきいた。いるはずはない、とわかっている口ぶりだ。マリ子はうつむいて、固くなった。だれかいますように!

「はーい、うち、やりまーす」

思いがけない声に、みんなうしろをふり向いた。ろうか側の後ろの席で、 中野あゆ子が手を上げていた。学級委員が成績で決まるとしたら、あゆ子は中の上か上の下で、なれるはずはなかった。でも、積極さや押しの強さは たしかにある。先生は教室を見回した。

「ほかには、おらんのか。戸田はどうなら」

そらきた! マリ子はドキンとして、大きく首をふった。タヌキめ、よけいなこと言って! 思わず叫んでいた。

「三上さんが委員を続けるのがええです」

すると藤木勝子がふまんそうな声を上げた。

「なんで? 中野さんが立候補しとるのに」

先生がまた口をはさんだ。

「戸田も立候補したら、どうなら。そのほうが2組になじんでええぞ」

よけいなおせわだ! むかむかしながら、マリ子がふと見ると、2つ前の席の大熊昭一がこっちをふりむいて、何やら言っている。〈ひ〉という声だけ聞こえて、あとは口の形だけで〈いきもん〉〈ひ〉〈いきもん〉と、何度も何度もくり返している。〈ひ〉〈ひ〉〈ひ〉と、きこえる声は、あざ笑っているみたいでもある。

「こらっ、大熊っ、おかしな声を出すなっ」

先生はいつものごとく、声をはりあげたが、昭一はまだ半分こっちをふり むいた形で、〈ひ〉〈ひ〉〈ひ〉を続けた。

マリ子はかっとして、大きな声を出した。

「うちはぜったい立候補なんかしませんっ!」

みんながどっと笑った。先生まで苦笑いしている。

こうして結局、三上裕子はマリ子に〈すいせん〉されたことになり、女子の委員は、中野あゆ子と三上裕子のどちらかを選ぶことになった。投票の結果、あゆ子が6票まけて、三上裕子が2学期も委員を続けることになった。

男子の方は、1学期と同じ横山和也にすんなり決まった。和也も小がらで、おとなしい方だが、穏やかにまとめることができて、皆に認められていた。

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