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2章-(4) コイン様で部活決定

直子は入りたいクラブの候補が2つになって、嬉しい悲鳴の表情だった。

「こういう時は、コイン様の言うとおり」

直子はスカートのポケットから、キーホルダーを取り出した。表ならテニス、裏ならワンゲルとつぶやいて、コインを投げ上げた。コインはくるくる回って、床に落ちた。裏が出た。

「ひゃあ、ワンゲルだ。仕方ない、テニスは時々練習させてもらうことに するわ」

「よかった、私もワンゲル部だといいなと思ってたの」

香織は嬉しくなって、今日はなんていい日だろうと思った。

ところが、直子が次に口にした問いで、また一挙に落ち込んだ。

「オリ、先生に呼び出されたって、どのくらい成績が悪いと呼ばれるの? あたしもガーンだったんだ。47番だよ。中学では5番以内を保ってたのに」

香織はドキンとした。47番! りっぱじゃないの。香織は 300番だったのだ。それも33点も差をつけられて・・。

「100番を越えてたの?」

香織が首を降ると、

「200番? あ、ごめん、そんなわけないよね」

泣きそうになった香織を見て、直子はあわてて打ち消した。200番なんて、香織には憧れのナンバーだった。直子には思いもよらない鉛色か真っ黒の ハードルらしい。

「ひどすぎて、言えないの。だから毎日必死で勉強することにしたの」

香織が涙の目で予習ノートを見せると、直子は察したらしくきっぱり言った。

「わかった。じゃましないことにする」

そう言ったすぐ後で、直子は目をキラキラさせてこう言った。

「でもさ、勉強のほかにも青春しようよ。ワンゲル部に入るって決めたら、その時はうんと楽しもう」

「そうする。ありがと、直子」

カレンダーの丸印がひとつずつ増えていくのが、楽しみになった。英語の予習ノートを持って、近藤先生をたずねると、とてもほめてくれた。

「復習から始めたのがいいわね。これまでの部分を身につけてから、次の 部分はどうなってる? と続けたら、お話の筋がわかってきて、楽しくなってくるでしょ?」

香織は思わずにこっとして、うなずいた。その通りだったのだ。

「そしてお話の主人公の気持ちになって、読んでいくと、もっとわかって くるのよ」

近藤先生の授業では、物語を読むのだが、先生が作者ルーマー・ゴッデンの生い立ちや背景、物語の主人公の性格などを表している文を、示してくれたりして、香織も次はどうなるのだろう、と物語に引き込まれるようになっていた。

イギリス生まれのゴッデンは、家族と共にインドで12歳まで暮し、イギリスの学校の寮へ入った時、あまりの寒さにインドとの気候や暮らしの違いを思い知らされ、なじめなかったそうだ。その経験から、周囲となじんでいくまでの物語も多いという。今読んでいるのは、The Kitchen Madonna (台所のマリアさま)だ。

最初のページから、成績は1番なのに、人と関わらない男の子グレゴリーが、マルタという哀しげな様子のお手伝いの老女に、心惹かれ関心を持つ。香織は、マルタがどうして哀しそうなのかをグレゴリーは知りたいのかも、とぼんやりそう思いながら、読んでいた。

「難しいところは、印をつけておいて、授業中によくきいててね。それでもわからなければ、いつでもいらっしゃい」

英語だけは少しやり方の希望が見えた気がしたが、数学に理科に歴史に国語もある。どれも予習と復習が基本のように思えた。

大阪のママから電話が入ったのは、カレンダーに7つめの丸がついた夜のことだった。

「カオリ、ハガキがまだ1通しかこないよ。約束違反ね」

「じゃましないでよ。今勉強してたのにぃ」

「あら、めずらしい、ほんと?」

香織はむくれる。でも、実力考査で呼び出されたとママに勘づかれない  よう、話を変えた。

「クラブはワンゲル部に決めたよ」

「まあ、どうして運動部に入るの。そんな場合じゃないでしょ。文化部に すればいいのに」

ママはキンキン声になった。英語部、茶道部、文芸部とか、ママの言い出しそうな部だ。勉強や教養としてすぐにも役立つこと。それが部活をえらぶ 目安なのだから。

「担任の若杉先生が顧問なの。いい先生なんだ。勉強の相談も乗ってくれるし、同室の内山直子さんも同じクラブにしたの」

「そう・・」と、ママは考える声になった。担任が顧問のクラブなら、成績が悪くなった時、支えになってくれるかも、とママは思ったにちがいない。

「なら、それもいいかもね。リュックとか山用の靴とか、必要になるわね。ところで、何か変わったことなかった?」

「何もないよ」

「あら、おかしいわね・・そろそろ・・のはずなのに・・」

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