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 3章-(4)花の名前と政治話

〈ホイスデン〉の村をガイドの中年の女性に連れられ、暑い日盛りの土手道を、堀伝いに歩いた。

あちこちにアムスで見た、真っ黄色の花房がたれている木を見かけるので、図書館で見つけたあの花の名と同じだろうかと、ガイドに名前を訊いてみた。するとすぐに応えてくれた。
「ゴールド・レインの木よ」と。
金色の雨!その通りに見える。図書館で見て、辞書で調べたのと同じ名前 だった。
「ブルー・レインもあるのよ」
と、ガイドが示してくれたのは、日本のと同じ〈藤の花〉だった。こちらでは、ブルー・レインと呼ばれるのだ。

「英語では〈ウィステリア〉と言うのではないですか?」と聞き返すと、
「そうも言うけれど、別名ブルー・レインなの」ですって。
そういうことは、〈ゴールド・レイン〉も、通称なのかもしれない。でも、謎だった花のひとつの名前が確かめられて、しかも、とても美しいぴったりの名前だったので、嬉しくなった。

風車の傍で、全員の集合写真を撮ったあと、皆は桟橋へ向かった。
「船旅をすることになってるけど、これは surprise (秘密の楽しみ)なの」
と、ウィルは何度も私にささやいてくれたが、他の人にも伝えたらしく、 もう知れ渡っていて、誰も驚かずに平然と船に乗りこんだ。

川風は肌寒いほどだが、陽射しは強すぎ、私とボロヴィッチは日陰を求めて移動ばかりしていた。

出されたスナック菓子は、香辛料の強すぎる奇妙な味で、私にはとても食べられず、ひと口試しただけで、川魚に少しずつプレゼントした。アンナが もの凄い勢いでパクパク食べ続けるので、離れた場から口を塞いで見せたら首をすくめて止めた。いずれうんと太るだろうな。

船上では食べ放題、飲み放題なのだが、食欲はなく〈スパブルー(水)〉だけ飲んだ。

ロシア語の方が英語より話せる夫は、ウラジミーロフ氏 (73歳) に捕まって、質問されている。今回のような国際数学学会のような席では、政治的なことは話題として避けられるものなのだが、ウラジミーロフ氏は遠慮も配慮もせず「日本の選挙では、貴殿は何党に投票するか」といった類いの質問をし、夫は当惑しつつも答えてはいた。

が、すぐ近くにロシア語はわかっていても、信念として決して使おうとは しないポーランド出身者や、ユーゴースラヴィア出身者が聞き耳を立てて いて、それに気づいた私は、居心地の悪い思いをしていた。

夫とロシア語でも通じにくくなると、ウラジミーロフ氏は英語で私に質問をしてきて、英語で夫との中継ぎをすることになる。ロシアでは女性は55歳から、男性は60歳から年金がもらえる。条件によっては、女性は50歳でもらえる人もいる。
「年金だけで暮らせますか?」と問うと、
「いや、何かで働かねばならないが、今は仕事が少ない。私のように仕事が続けられ、高い年金をもらい、外国へも行けるラッキーな者は少数だ。金持ちはより金持ちに、貧乏人はますます貧乏になってるのが、今のロシアだ」
と、彼は老人らしくない血色の良さで、更にこう続けて言った。

「1991年のクーデターの時、議会に向かってエリツインは銃を向けさせた のだから、コミュニズムでもやらなかったデモクラシー破壊をやりながら、エリツインは民主主義路線を謳っているが、あんなものは民主主義ではない。〈えせ民主主義〉より〈共産主義〉の方が遙かにいい。少なくとも、貧しい人々が救われる制度だったのだから」と、しきりにエリツイン批判を続けていた。

もうひとりのロシアからの参加者で、八王子のわが家にも2度泊ったことのあるフレニコフ氏は、この時船の別の場所にいたらしく、同席していなかったが、彼は熱烈なエリツイン派なのだ。彼がこの場にいたら、激論になったはずだ。外国での楽しみの船旅の際に、議論に巻きこまれるのは迷惑、と いう思いを捨てきれなかった。

でも、ウラジミーロフ氏にしてみれば、ロシアの内情を他国の人により直接にわかって欲しいと、という愛国心のなせるわざだったのかもしれない。

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