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大テントの行方

54年間も長い間、一度も欠かさず年末の28日か30日に、「餅つき会」を、わが家の庭で続けてきた。時には雨に降られたり、夜の間に雪が積もっていたりしたが、そんな時のために、夫は大きなテントを買ってきてあった。

客は夫の大学の同僚一家や学生たち、息子たちの友だち一家、それと義妹一家や親戚など30名から40名を越えるほどの人たちなので、そんな悪天候の日でも、男連中が、嬉々としてテントの準備を始めてくれていた。

でも、実際にそのテントを使ったのは、4回くらいだったと思う。たいていは晴れか曇りで、気持ちの良い日が多かったのだ。私はいつも台所での食事作りや茶のふるまいの準備に追われていたので、庭での作業や餅つきそのものは、一度もする機会はないままだった。

テントは天井部分と、それを支える支柱が何本もあるだけで、周囲を覆う幕があるわけではない。それでも、その天井の下で、キネをふるって、餅つきを実行したのだから、よほど天井が高かったのだろう。

3年前に、夫のガン闘病のために、最後の「餅つき会」を開くことにし、皆で最終回を惜しみ合った。その日は絵描きさんと福音館の編集者も2年越しの2度目の「餅つき見学」に来られ、写真を撮ったり、細かく質問をくり返したりして、その後『おもちつき ぺったんこ』という絵本に結実した。
・・ [こどものとも 年中向き 2020年12月号]

その日から、3年以上が経ち、物置に眠っている「テント」をどう役立てるか、考えに考えて、知り合いの町内会副会長に問い合わせてみた。町内会での祭や運動会その他で、テントを使ってもらえないかと。

大きさを見せてほしい、と言われ、物置の実物を見せると、「けっこう大きいなあ、明日の午後、車でくるから」と、いったんは帰られた。

翌日、彼は大きめの自家用車でやってきた。

「実は今日は、恩方 (八王子市の西奥) のリンゴ園の「リンゴ狩り」の日で、僕もそのリンゴ園の持ち主の支援者の1人だから、手伝っていたんだが、親子連れなどですごい人出だったよ。このテントは、そのリンゴ園で使わせてもらうことにしたいんだ。町内会では、倉庫が狭くて、入れる余地がないがリンゴ園の方は、テントが足りなくて困ってたので、ちょうどいいと思ってね」

「そんな風に役立てて下さるのなら、喜んで・・」
と、私もいっしょになって、物置からガレージまで100歩を何度も往復して、持ち帰ってもらった。

これで、思い出の品が1つ消えたけれど、リンゴ園で、働けることになって、テントのためにもよかったと安堵している。

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