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ツナギ3章(3)不運?

翌朝はうす曇りだった。じっちゃに祝詞 (のりと) を頼まれたヤマジのババサが、昨日の笹竹を取り出し、勢ぞろいしたツナギたちの頭の上をサラサラとなでて、旅の無事を祈った。

「シゲ、お前は16歳だからな。後ろから皆を守りながら来てくれ。腕は大丈夫か?」

じっちゃが念を押すと、シゲは照れながらうなずいた。

こうして6人は、皆に見送られて、洞の南側から山への登り道を辿り始めた。

しばらく岩道が続いたが、いつのまにか木々の茂る森の中の、枯葉の積もった山土を踏んでいた。

道は登ったり下ったりをくり返し、生い茂った藪の中を抜けたり、薄い日差しが差し込む木々の下を進んで行った。はしゃいでいたサブも、今は息を荒げ、首にかけた布切れで頭を拭きながら黙々と歩いている。

ツナギも汗ばんできたのを感じながら、後ろを来るシゲを気にかけていた。曲がった右腕を脇腹に押し当てたままなのは、まだ痛むのかもしれない。

シゲほど不運な人はいない気がして、ツナギは気軽に声もかけずらい気がしていた。父親を早く亡くし、母や弟妹を支えるため、14歳で嫁をもらったのに、2年後の出産時に、嫁と赤子を同時に亡くしてしまった。そして今は妹のキクまで大水に奪われたのだ。

シゲの次に不運なのは・・枯葉を踏みしめながら、思いをめぐらしていた。ツナギ自身も7年前に両親を亡くし、自分が生まれる前に3歳年上の兄がいたというのに、1歳にならないうちに死んだそうだ。

でも、ツナギには心強いじっちゃがいる。いつもツナギを教え見守ってくれている。カノ姉とクグ義兄とサヨ一家も、ツナギを支えてくれている。

オレはまだ恵まれてる方だ、洞も無事だったし・・。不運なのは野毛村の人たちだ。7年前のはやり病の時には、前オサを初め7人もの死者を送った。この大揺れと大波で、家と田畑を失った今、いつ元の村へ戻れるか、当てもないまま冬を迎えようとしている・・。

まてよ、とふと思った。不運と言えるのか? 野毛村に海から水が襲うことだってあることは、6代前のじいさんの時からわかっていたはず。それなら、なぜ再建する時、せめて建物は高台に作らなかったのだろう。田畑は流されるとしても、もう少し被害は少なくすんだだろうに・・。誰も思いつかなかったのだろうか。ドンじいさんまでも?

その時、遠くで犬の吠え声と人の騒ぐ声がこだまして、ツナギははっと我に返った。モロだ!じっちゃが立ち止まった。

「おお、カリヤの連中が、何かを追い詰めたらしいぞ」

「すげえ、オレ、行ってみたい!」

サブが叫んだ。すぐにじっちゃが返した。

「何を言うか。カリヤたちは岩場の向こうの奥山の森だ」

腕を引っ張られて、ツナギが振り向くと、シゲが1本の木を指差し、その根元を目で示している。ツナギも見ると、お、クルミだ!木のまわりに何個も転がっている。

「じっちゃ、クルミが採れるよ。シゲ兄 (あん) ちゃが見つけた」

じっちゃも見上げて、嬉しそうな笑顔をシゲに向けた。

「よし、休憩だ。あの実を土産に採ろう」

その木は太い樫の木の陰にあった。じっちゃがよく見つけたな、とシゲをほめた。それぞれのカゴに拾ったクルミを加えて、またどんどん上り坂を進んだ。

シゲはその後も、坂道一面の茂みの中に、山芋の葉が見えると言い出し、じっちゃはまた休憩を宣言した。じっちゃは杖代わりの棒で、シゲは左手で樫の棒を使って掘り続け、りっぱな自然薯 (じねんじょ) を3本も掘り上げた。

「シゲ、お前は目がいいな。よく森へ行ってたのか」          「オリヤだから」                         と、シゲはぽつんとそれだけ言った。

そうか、田畑での米や里芋作りの他に、麻やコウゾや大麻など糸をとる草を探して、森を歩いていたのはシゲだったのだ、とツナギはシゲを見直す思いがした。母親がそれを糸にし布にして、家業をつなぐ手助けをも、シゲは ずっとしていたのだ。

自分が不運だなんて、シゲは思ってもいないんだ。自分のやるべきことを、やってるだけと思ってるだけなんだ。ツナギは深く心を揺すられていた。 生きるって、そういうことなのかも・・。

じっちゃはその3本を、シゲの大きなカゴに立てて入れてやった。

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