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ツナギ 1章(2)伝言

この山は岩場をはさんで、左右に広がる森からなっている。ツナギが通る あたりは、頂上からふもとまで幅広の長い岩場続きと言っていい。それでも、岩のすきまから松や楓が、顔をのぞかせ、森の続きのように点々と陣地を広げていた。ツナギは跳ぶように、岩から岩へと下って行った。

いそげ、いそげ!

じっちゃの吹く竹笛が、強く高く聞こえている。背を押されているようだ。ツナギは村を見渡してみた。田から家へと走る者、稲穂のカゴを抱えて急ぐ者、まだ田にしゃがみこんでいる者。だれも笛の音を、気にしてはいない ようだ。もちろん海の水もだ。

また揺れた。がらがらと小岩が転がってくる。足裏に尖った石の感触が、 いつになく鋭く何度も触れ、滑りそうにもなる。これだから沓をはくのか!

ツナギは岩棚の下にかくれて、転がってくる岩をやり過ごした。

岩をまわり、倒木を乗りこえ、ようやく川にたどり着いた。竹と木でじっちゃが作った橋を、飛ぶように駆けて渡った。モロもはねてついてくる。ついさっきまで、じっちゃが魚を獲っていた川が、今は茶色くにごって、常よりずっと浅い。山崩れで川がせき止められ、水かさが減っていた。海の水はまだ来ていないのだ。

野毛村に近づくほどに、叫び声や家族を呼ぶ声が、あちこちから聞こえて きた。土砂は村の端の川沿いの2軒を、押し潰していた。ヤマジとトナリの家だ。

見渡せば、残りの家も、草ぶき屋根がつぶれ、炉の火で煙を上げ始めている。つぶれた屋根の下から、何かを引っ張り出そうとしている人もいる。 稲田から駆け戻ったばかりの人もいる。

ツナギは叫んだ。

「みんな、山へ逃げろ。オレっちの洞穴へ行け。洞穴だ!海の水が来るぞ!大水だ!」

くり返し大声で叫びながら、ツナギはまっすぐにオサの家へと走った。サブがいるはずの、オサの家は、村の真ん中にある。ひときわ大きい竪穴式の家と、高床の倉庫がおおかた崩れ落ちていた。誰もいないようだ。

「おーい、ツナギ!」

その声にふりむくと、サブだ。サブを先頭にオサの一家5人が、それぞれ 稲カゴを抱え、鎌や石包丁を手に、田の方から走ってきた。ツナギは大声で叫んだ。

「オサ、じっちゃが村中に伝えろ、って言ってました。海から水が上がってくるかもしれん。全員、じっちゃの洞穴に集まれって。村中、水びたしになるって。大揺れの後に、海から水が来るんだって」

それを聞くなり、オサが仰天の声を上げた。

「ええっ、そうなのか。サブ、ゲン、田にいる連中に大声で伝えてこい。 オサの命令だ! そのあとすぐ山へ走れ。いそげっ!ヤエとトミはカカ(母)といっしょに、先に山へ行け!」

「わかった!」

サブと兄のゲンは叫ぶと、田の方にすっ飛んで行った。稲カゴを放り出したまま・・。ツナギの声を聞いた者たちも、あわてて家族を集め、山へと走り出した。手にした石包丁をにぎり、持ち帰った稲カゴを抱えて・・。

オサは、サブたちの残した稲穂のカゴを妻に渡し、「先に洞へ向かえ」と、娘と妻を押しやって、山崩れのあった西の方へ駆け出した。ツナギは迷ったが後を追った。モロも走った。

土にまみれた木々に、押しつぶされた家のまわりに、数人がしゃがんだり、探ろうとしたり、呆然と立ち尽くしたりしている。

「おう、ヤマジにトナリ、みな、無事か?」

オサの声に、ヤマジがすぐに答えた。

「ああ、みな田に出てて、助かった。ババサまでもだ。だけど、ほれ、家は全滅だ!」

トナリも同じだ、とうなずいている。オサは急いで、命令した。

「すぐにみな、山の洞穴へ行け。全員だぞ。海の水が上がってくるかも  しれん、だと・・」

ツナギもすぐに言い添えた。

「じっちゃがそう言ってる。六代前のドンじいさんの時、大揺れの後で、 そうなったって。財産より命を守れって」

「そうなんか、ようし、みな行くぞ、ババサ、来い」

ヤマジは村で最年長の母親を背負うと、走り出した。みなもてんでに、石包丁や稲カゴを手に駆け出した。モロが先頭まで走り抜けて、吠えながら山へ駆け上がっていく。ツナギも周囲を気にしながら、坂へと駆けた。

サブたちが走ってくる姿が見えた。後ろから、田を捨てた人たちが続いている。石包丁や稲穂のカゴを抱えて・・。

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