(156) 置きみやげ
チャイムの音で玄関に出ると、パメラ夫妻と弘君が、大きな植木鉢を抱えて立っていた。
「とうとう決めました」パムは安堵と不安の入り交じった、複雑な笑顔で言った。
ここ数年、日本脱出の計画を、たびたびパムから聞かされていたが、いよいよ出発の日が、三日後になったという。
日本人の夫と結婚して、3人の子たちは私立の高校、中学、小学校に通っているが、すべて退学手続きをすませ、夫は仕事の都合で日本に残ることに決めたのだ。
「ウサギと植木のめんどうな世話を引受けてくれて・・」と、日本人の夫君が申し訳なさそうに言いかけると、パムがさえぎった。
「八王子の方が、ウサギには幸せだわ。広々して空気はいいし、自然の草もたくさんあるもの。植木にとっても幸せよ。よろしくお願いします」
と言って、私にウサギのエサ袋を差し出した。
ケージの中でウサギは、うちの畑から採ってきたばかりのダイコンの葉を、ぽりぽり食べて、パムを喜ばせた。
子育てするには、東京都心よりカナダの自然の中で、と願い続けて、やっとバンクーバーに広くて手頃な家屋敷をみつけ、実現にこぎつけたのだが、私との別れを切ながって、大粒の涙をこぼした。
20年近いつきあいで、私の家の裏に建った新築の6DKの家を買おうとしたほど、信頼を寄せてくれていた。でも、バブル期ではあり、1億2千万円の売値とわかり、諦めたのだ。カナダの家はその3分の1以下の値で、広さは数倍あったのだから。
彼女の信頼に応えるべく、エサと糞の世話を続けていたのに、ウサギの幸せはひと月で終ってしまった。朝気が付くと、カゴの蓋が開いたままになっていて、姿はどこにも見えない。まわりに踏みしだいた草の跡が見えて、夜間に放し飼いの犬たちに襲われたのかも、と思えた。
私の辛い〈ウサギ便り〉に、「気にしないで。短くても幸せな日々をありがとう」と、返事が来た。せめてゴムの植木だけはと、玄関の内側に入れたり、日に当てたり、大切に育てている。