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2章-(7) とうちゃんの出生

じいちゃんはつるが川に流されたかも、と知って、こんな話をしてくれた。「因縁かのう、ほんまに。今から38年前、かよのとうちゃんも間引かれるとこじゃった・・」

かよは最後のとどめをさされるような驚きで、がばっと寝返りを打った。「なんで? じいちゃん。せえで、どうして、とうちゃんは助かったん?」

じいちゃんは話してくれた。

かよのとうちゃん余平は、6人目の3男坊だったという。かよはすばやく、とうちゃんの兄弟を数えてみた。ここの喜平おじさんと、堀南にいる清おばさんしかいない。あとの3人はどうなったのだろう。

余平が生まれた時、若かったじいちゃんは、お大師講の集まりで、るすを していた。夜更けて帰ってみると、妻のお産はすんでいて、赤ん坊の姿は 見えない。

「もう、やや子はいらんけん、いつも通り、始末したで」        じいちゃんの気丈な母親が、畳の下を指さした。この中島あたりでは、産むときにわざと窒息死させたり、産んだ後、箱詰めにして、床下に隠しておいたりしたという。

「わしに断りものう、何するねん!今日はお釈迦様の生まれなさった日じゃねえか。バチが当たるで。はよう出せ出せ!」

じいちゃんは酒の勢いを借りて、わめいた。6人も生まれたうち、2人しか残っていないのだ。かよのひい婆さんは、しぶしぶ畳を上げ床板をくって、箱を引き上げた。その中で、虫の息になってとうちゃんは生きていたのだ。

かよはくたくたと枕に肩を落した。とうちゃんはそのことを、知っていたのだ。だから、つるを何としても生かしたかったのだ。

かよはまじまじと目を開けて、小さい小さい赤ん坊のとうちゃんを思い描いた。死にかけて、救いあげられたとうちゃん。だから、ひいばあちゃんが「あまりもの、ごくつぶしの余平」と名づけたのだ、とじいちゃんは言う。

死に損ないの、ごくつぶしの、と言われながら大きくなって、かあちゃんと結婚した。そして、あんちゃんが、かよが、とめ吉が、すえに,つるが生まれた。どのひとりも欠けていない。とうちゃんは自分の身体をこき使って、出稼ぎに出かけて・・。

かよは、ふいに、あ、と声を上げそうになった。その赤ん坊が床下で死んでいたら、うちはここにおらなんだ! じいちゃんが救いの声を上げるいっしゅんの差で、ひとつの命の灯が残り、その先にまた5つの灯が、受け継がれたのだ。なんともろく、なんとしぶといものだろう、生命というもの!

かよは自分の身体をいとおしむように、布団の中で、胸を抱いた。奥深い、神秘な宇宙と、永遠に流れている〈時〉の間を漂っているひとつの生命。風にもゆらぐ、生命の灯が、何代も受け継がれて,それぞれに、危うさを秘めながら、かよまで伝わってきたことを、今全身で受け止めていた。

翌朝、かよは井戸のまわりに、お水神様をさがした。毎朝の日課だったのだから、新しい水をあげ、祈りを捧げなくては、落ち着かないのだ。

あるある、井戸のそばのツツジの影に、朽葉に埋もれたほこらがある。ふだんは誰も構ってはいないらしい。かよは枯葉を手でかきだして、袂に入れて持ってきた丸い石を置いた。
後で水を汲んできて、ほこら全体をきれいに洗って、磨いておこう。これから毎朝、お水と、花があれば花もあげよう。

・・かあちゃん、つるをお守りください。家にいるとうちゃんたちも、お守り下さい。                                                                                                         手を合わせて拝んでいると、後ろから声がかかった。

「何を拝んどんじゃ。何をしとるんなら」

旦那様の声だった。朝の散歩に出かける前なのか、終った後なのか、井戸に立ち寄ったところらしい。かよはあわてて立ち上がると、こう言った。  「お水神さまのほこらを見つけて、きれぇにしよう思うて・・。三の割にゃ、川や井戸の側にお水神さまが祭ってあって、毎朝水や花を捧げて、お祈りしよったんです。ここのほこらも、きれぇにして水と花をあげるつもりじゃけど、まずあたしのお守りの石を、お祭りして・・」

「ほう、そうなんか。お水神さんを祭って、水を守り、皆を守るんじゃな。わしゃ、そげんでぇじなことを、忘れとったがな。かよ、ちぅたな。おめぇにほこらを頼まぁ。わしもけぇからは祈ることにする」

かよはうなずいて、旦那様に深くおじぎをした。胸が熱くふくらんでくる思いがした。

「かよちゃあん、つるさまのお目覚めじゃあ」

台所から呼び声がする。かよは、はあいと答えて、旦那様に一礼すると、晴れ晴れと駆けこんで行った。

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