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(72) 人騒がせ

今夜もくらやみの枕元で、虫たちが鳴き交わしています。外の草むらで鳴く力強い声が、壁を通りぬけて、まっすぐに萩氏の鼓膜を揺さぶります。

寝つかれない耳に、遠くから人工的騒音が、闇をさいて近づいてきました。
ピーポ、ピーポ、ピーポー・・・。

「近いな、これは。近所で何かあったんだ」
「境さんのおばあちゃんかしら」

手早く身支度をして、二人は外へ走り出しました。
通りはしんとして、二軒先の境家は、動きは無く静まっています。
その間にも、音はぐんぐん迫ってきました。


IMG_20210922_0002人騒がせ

「裏通りの西さんかも。赤ちゃんが生まれたばかりだから」

妻は、見届けなくては、と駆け出して行きました。

通りの両側のドアから、人影がいくつも、萩氏に合流しました。

「どなたが、お悪いんでしょう」

その声は、境老婦人でした。

「秋は遠くの音が、間近に聞こえるものだからな」
と、だれかがつぶやいた通り、その音はどこかの通りから、やがて遠のいて行きました。

「結局、やじ馬でしたか」
萩氏が苦笑いすると、

「いいえ、人さまを気遣う心ですよ」
との、老婦人の言葉に、みんな一瞬しんとなりました。

虫のすだく声が、一だんと高くひびきました。


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