(115) 大物
あなたに話したっけ? 結婚したときから、うちの人は私が何をやっても、びくともしないってこと。初めて渡された給料を、私が一日で使い切っちゃって、翌日お金がないって訴えたら、会社で前借りしてきてくれたの。
え? 何を買ったのって? その頃習ってた彫金用の材料とか道具とか、服や何やかやよ。
でも、夕べは改めてあきれ返っちゃった。あの人、いつもみたいに長風呂して、のっそり出てきたと思ったら、
「当分の間、風呂釜の掃除はしなくていいようですよ」って言うの。皮肉かと思って、なんで? どうして? って詰め寄ったら、あの人、じれったいほどおっとりとこう言ったの。
「風呂の湯がぐらぐら煮え立っていて、釜の垢が全部はがれて、浮いてましたよ」って。
わたしテレビに夢中で忘れちゃってたのよ。
「ぼくが丁寧に垢をすくって、きれいにしときました。湯はたっぷりだから、安心して入れますよ。そうそう、パイプや風呂釜が熱のせいで、ゆがんでましたよ」ですって。
はははは、そんなに笑わないでよ。普通じゃないと思わない? 私だってお宅みたいに、怒鳴られてみたいわ。
ほんと考えこむことだってあるのよ。この人、私のことどう思っているのかしらって。
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