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13-(2) 進路の話

マリ子のそばで、いつのまにか加奈子のおとうさんと、マリ子のおかあさんが話し合っていた。

「まあ、入院されたとは、何も知らんままで失礼しました。たいへんでしたねぇ・・」

4日前に加奈子の祖母が倒れて、町の病院へ入院さわぎで、餅つきが遅れたのだって。

マリ子がふと見ると、正太とお兄ちゃんはゆっくり歩きながら、もうずいぶん先を歩いている。あわててマリ子も後を追うことにした。

「うち、サーカスをよう見てくる。また明日な」

マリ子は加奈子たちに声をかけて、話しこんでいるおかあさんを残すと、 とぶように2人の後を追った。

「待ってよう。そげん進むと、おかあさんが追いつけんが・・」

2人はむちゅうで話し続けている。

マリ子は、どんな話をしているのか、聞きたくて、2人のすぐうしろに頭を寄せた。

正太の中学のクラスでは、最近、進路についての希望を書かされたのだって。高校へ進学する時に、普通科、工業科、商業科など、いろいろな高校に別れるらしい。

正太はどこを選ぶのだろう。マリ子は気になった。工業科なら、おとうさんの学校だけど・・。

「普通科に行くんじゃろ?」

お兄ちゃんがとうぜんそのはず、という声でたずねると、正太はきっぱりと打ち消した。

「わしは岡山の農業高校に決めとんじゃ。そのうち北海道の牧場に行って みてぇし、ブラジルにも行ってみてぇけん」

北海道! ブラジル! そげん遠くへ? 思わずマリ子は立ち止まってしまった。

「ブラジルで何するん?」とマリ子。

「なんじゃ、マリッペも聞いとったんか。ここだけの話ぞ。わしの夢じゃ けん」                               「だれにもしゃべんなよ」

お兄ちゃんまで、うしろをむいて、せいいっぱい恐い声を出した。

「わかっとるって!」とマリ子。

「新聞に写真が載っとってな。わしゃ、でっけぇ農場で、機械を使うて仕事したいんじゃ。牧場もやってみてぇし・・」

ふうん、そうなんだ。正太にはお兄さんが2人いて、自分の家のたんぼや 畑のひきつぎ手は、ちゃんと決まっているのだ。正太は自分はいずれ家を 出て行くことになるのを心得ていて、いろんな夢を描いているのらしい。

行ってしまうんだ! マリ子の心の中から、大きなものがぬけてしまって、 うつろになってしまう気がした。みんなこのまま、大きくならずにいられ たらいいのに! このままで・・!

「弘っちゃんはどうするつもりじゃ。なんか決めとるんか?」

正太に訊かれて、マリ子の目の前で、お兄ちゃんがが大きくうなずいた。

「へっ、お兄ちゃんはもう決めとるん?」

マリ子はおどろいて、新しい話題にとびついた。

「言いふらすんじゃねぇぞ」                     「ここだけの話ぞ」

ふたりが同時にふりむいて言った。

「わかっとるって。うち、おしゃべりじゃないけん」         「そういやあ、そうじゃった」

正太があっさり受け合ってくれた。

「あのな、杉本先生みてぇな先生じゃ」
「何じゃ、そんなら簡単になれらあ」

正太はまたあっさり受け合った。マリ子は首をかしげた。お兄ちゃんの担任の杉本先生は、体育の先生だ。マラソンどころか、水泳もドッジボールも 体操も大きらいなお兄ちゃんに、一番にあわない仕事だった。

「お兄ちゃんは、体育の先生はむりじゃ」
「体育じゃのうて、国語の先生じゃ」と、お兄ちゃん。
「そんなら、むいとる、むいとる!」

マリ子と正太のふたりが同時に叫んで、3人して大笑いになった。

後からやっと追いついてきたおかあさんまで、話を詳しくは聞こうとも  せず、楽しそうじゃねぇ、とにこにこ顔になった。

マリ子はその後、だれからもつっこまれないことに、ほっとしながらも、 うちは何になりたいんだろ、というハテナマークが頭にちらつくように  なった。何事か起こったり、新しい事を目にすると、すぐにそんな思いは 吹きとんでしまうけれど、ずっと先への思いは、その時から、胸の中に出入りし始めたのだった。

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