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7章-(1) 先生から呼び出し

期末テストが終った午後、香織はひとりで、学園通りの白バラ小間物店へ 走った。落ち着かなかった。精一杯やったつもりだが、終ったとたん、どっと不安が押しよせてきた。他の皆だって、頑張ってたもの、あれだけ点差のあった自分が、追いつき追い抜くなんて、ありっこない気がして、編み物でもしていなくては、いてもたってもいられなかった。

4号、5号、6号の編み針とかぎ針、留め針を買い、あじさい色に似た糸も2巻き買った。自慢焼きやプラムも買いこんで、寮へ走って帰った。

テニスコートからも体育館からも、一斉に始まったクラス対抗スポーツディの、練習のかけ声が聞こえてくる。バレー、卓球、バスケットの選手に選ばれた人たちの、かけ声が聞こえていた。香織はどれかに出るよう指名されたが、激しい運動は避けるよう保健室の先生に言われたことを話して、断った。

へやにはカギがかかっている。直子の羅針盤は〈外出中〉だ。ポールと2人で新宿へ出かけたのだ。

星城高の期末テストはあと3日あるが、ポールは例外なのだって。日本語 のテスト問題に答えられないので、テスト免除で、代わりに夏休み中に書くレポートが課されたのだって。
直子と2人で、うらやましーい、とわめいたのだった。

南と西の窓を全開にして、風を入れた。梅雨空の後の久しぶりの陽射しが快い。香織はベッドの柱にもたれて、編み物を始めた。ずっと前にあじさいの模様を入れた製図をこしらえたのを、棚の隅に残しておいた。ママに編み物道具を送り返した時、この製図と毛糸玉は、ママには返さなかった。

グレーの糸を土台に、あじさい色の糸を、あみこむのは少し複雑だが、図面通りに進めれば、いつかは仕上がっていく。根気と集中のいる作業だけれど、すこしずつ段が重なっていくにつれて、口元がほころんできて、雑念は消えていた。

ついさっきまで、若杉先生の目を見張らせるほど躍進して、あの靴下を受け取ってもらえるだろうか、と気にしていたことも、遠くかすんでいた。

直子が門限ギリギリの9時近くにへやに戻って来た。土産話はあしたね、と言ったきり、入浴、洗濯、机まわりの整理、戸棚のかたづけと順にすませると、10時過ぎには眠ってしまった。


若杉先生から香織が呼び出されたのは、5日後の午後のことだった。

「すぐ職員室へくるように、ですって」

週番に言われて、香織は編み物を放りだした。緊張のあまり、顔が青くなっていた。

「オリ、だいじょうぶよ、あれだけ頑張ったじゃない」

直子がいつものように慰めてくれた。

「靴下を受け取ってもらえたら、ウッドドールで乾杯しよう。ケーキと  ジュースをおごってあげる。」
「え? 直子のダイエットは?」
「ふん、オリだって勉強ストップして、編み物してるでしょ」

2人で吹き出して、香織は元気を取り戻した。そう、なんとか切り抜け  よう。いじけないで気張っていよう。

職員室へ入って行くと、先生は窓ぎわに座って、音楽の日野先生と楽しそうに話し合っていた。香織に気づいて、先生は日野先生に、「じゃ、明日」と口にして、席へ返った。日野先生は、香織に温かな笑顔と目で挨拶を残して去った。

「しかし、君にはこのひと月近く、やきもきさせられたぞ」

先生は半分怒りを含んだ声でつぶやきつつ、ワープロで打ち出した一覧表を広げた。

「声をかけようにも、とりつくしまはないし。どの程度、ひとりでやれて いるのか、だいたいひとりでやれるか怪しいしな。相当の意地っ張りだな」

香織は上の空で、一覧表の一番下の仮名書きの名前に目を走らせた。   アシダ・キミコ、あ、この人、正規の補欠の人だって、聞いてる。で?  あれ? その上に・・。うそ!  ササノ・カオリ・・ビリじゃない!   とうとう300番内に入ってる!  たったの一番だけど、上がってる!

「あの大差を、よくがんばったな。76点も上がってるぞ」

先生はそう言ってくれた。香織の胸がキュンとなって、早くも涙ぐんで  しまった。

「ほらほらまた泣く。オレが泣かしたみたいじゃないか」 


   (画像は、蘭紗理かざり作)

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