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2章-(7) ショッピング

駅の南口にリサイクルショップを見つけたのだと、父は土曜日の午後、  みゆきを連れ出した。

外はやわらかな日ざしがあふれていた。川原沿いの道へ出ると、桜並木は すっかり花を落とし、浅緑の葉におおわれている。

「ここに住むのも、なかなかいいなあ」

父は川の中で、カモの親子が泳ぎ回っているのを見やりながら言った。

「この若葉がいいよ」

父は立ち止まって、頭上を見上げ大きく深呼吸をした。

みゆきも初めて気づいたように、空の青さを背景にした若葉を見上げた。 大地から水と力をもらって、空に向かって手のひらを少しずつ開いてる  みたいだ。

「おお、みどりだ、みどりの並木がここにある。ぼくはそれを見ている。 まるごと見ているぞ」

おおげさな父の身振りに、みゆきは思わずほおをゆるめた。父は両腕を  広げ、すべてを抱きこむようにあたりをじっくり見まわしている。

カーキ色のジャンパーに、木綿のダブダブズボンをはいた父は、久しぶりに気持ちが楽になっているらしい。

おかしなパパ、とみゆきは父を見上げた。体の大きな子どもみたいだ。

「おかしいかい。おかしいだろね」

父は自分でも笑いだしながら、ゆっくりとこんな話をしてくれた。

車で通勤している頃、途中、高速道路の渋滞でのろのろ走っているとき、 ふっと窓のむこうを見ると、新緑の林がこんもり盛り上がって見えた。  その側には白いあんずの花や、山つつじのオレンジ色が広がっていて、  なんとも美しい絵のような風景だった。

「でもね、そこに美しいものがあることに気づいたのは、そのとき初めて だった。何年も通っているのにだよ。あると意識したとたん、それははっきり存在するようになって、見るたびに幸福な気分をもたらしてくれるんだ。意識して心をこめて見なければ、大事なことも美しいものも見逃してしま うんだね。そうして見逃してしまったものが、これまでに、いっぱいあったのかもなあ、って・・」

父は口をつぐんだ。その目は木々ではない、遠いものを見つめていた。

みゆきには父が見つめ直そうとしているものが何なのか、つかめなかった。

「みゆきには辛い思いをさせてしまって・・。何もかもがらっと変わって しまったからなあ。ほんとにすまない、お父さんのせいで・・」

つぶやくように言う父に、みゆきは頭をふった。そのことは、聞きたく  ない、かえって辛い。そう言いたいのに、声は出なかった。

「ずっと考えずにはいられないんだ・・。なぜこんな目に会わなくちゃならないんだ? ってね。まだ混乱からぬけ切れなくて・・。だから今のパパには、みゆきに言えるものが何もなくて・・すまない・・」

みゆきははげしく頭をふり続けた。大きな父がみゆきの隣で、急にしぼんでしまったようだった。こんなに頼りない父の心の内を、聞かされたくなかった。

でも、パパもみゆきと同じ思い、同じ問いを抱いていたのだ。パパにも  わからないなら、みゆきが迷路から抜けきれないのも、無理ないのかも。

「時はクスリ、というからなあ、昔から・・」


3階建ての大きなリサイクルショップの中には、何でもありだった。3月で転勤族や大学を卒業した人たちが、手放したらしい品がわんさとある。

小型の冷蔵庫を見てまわっていると、みゆきは誰かの視線を感じた。見やると、少し離れた売り場の所から、背の高い男の子がこっちを見ていて、まぶしそうな照れたような表情で、にっと笑った。みゆきを知ってるみたいだ。父親らしい人がかたわらにいて、何かを探しているらしい。

みゆきは思わず首をかしげた。誰だか見当もつかない。

「冷蔵庫と洗濯機はどうしてもほしいな」

父は、ひとつひとつ中を吟味して、なるべく新しそうなのを選んでいる。

「炊飯器もいるなあ」

みゆきは財布の方が気になって、口をはさんだ。

「あの土鍋でいいよ。それより自転車は・・?」

「そうだった。その方が先だな」

「それにテーブルと椅子もいるよ」

「そりゃそうだ。まずは自転車を見よう」 

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