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(7) 一郎大泣き

    あの時、トオルお兄ちゃんは、ひっしで  ブレーキをガチガチ 鳴らしていました。
          「だめだっ、きかない!  ブレーキがこわれてる。イチロ、つかまってろ。おにいちゃんに しっかりとな」

              自転車は、おどりあがるように、坂道を下って行きます。耳のそばで風がうなります。一郎は目をつぶって、ひっしになって  つかまっていました。
  
           「うわあっ、だめだっ」
            お兄ちゃんが  さけんだしゅんかん、ガーン。自転車が  はげしく何かにぶつかりました。ビーンと身体中に  ひびいて、一郎は  ふきとばされて  しまいました。

             気がついてみると、ダイコン畑の中に転がっていて、ほっぺや手足に、だいこんの はっぱがチクチク します。お兄ちゃんが、ひたいから血をながしながら、一郎をのぞきこんで いいました。

            「だいじょうぶか、イチロ、どこいたい?」  

           一郎はベエベエなきながら、手足を見せました。2人とも、どろで よごれ  血も出ていました。

    「ごめんよ、ごめんな。ごめん!」
トオル兄ちゃんは、一郎の頭をかかえて、ふるえていました。それから、 かすかに  べそをかきました。


あんなことになったら、小さいたっちゃんは どうなるでしょう。にくらしくたって、守ってやれるのは、一郎だけです。たっちゃんを あんな目にあわせたくない、とふいに、はげしくそう思いました。

一郎はふるえながら、ひっしであたりを  見まわしました。右手はひくい    がけ、その上に  林がつづいています。すこし先に、がけ土がえぐれて、    草が広がっているところが見えました。

一郎はとっさにさけびました。

「たっちゃん、つかまってろ、ぎゅっとね」

たっちゃんの手に力が入りました。一郎はペダルの足をはなして、力いっぱいブレーキをひくと、草むらの上に、どおんと、自分から たおれこみました。右あしに  ズンといたみが走りました。

たっちゃんは ほうりだされて、キリンといっしょに ころげおちました。  ひいっと、たっちゃんが泣き出しました。

自転車の下じきになったまま、一郎はむちゅうで、たっちゃんに手をのばして、さけびました。

「いたい? たっちゃん、どこいたい?」

自分の右あしのいたいのも  わすれていました。たっちゃんは 泣きながら、足を出しました。右あしのふくらはぎが すりむけて、血がにじんでいます。右うでのひじのところも、すりむけています。けがはそれだけのようです。

ほっとすると、きゅうに、めちゃくちゃ 泣きたくなりました。サドルに おしりが くっついたままの、なさけないかっこうで、草の上につっぷして、わあわあ 泣きました。いくら泣いても、泣き足りないくらいでした。

そうっと 頭にさわるものがあります。目を上げると、たっちゃんがそばに すわって、一郎の頭をなでています。その目に  まだなみだが のこって    います。

「いたい?」

たっちゃんがのぞきます。一郎は たっちゃんを ひきよせて、ぎゅうっと   だきしめていました。

一郎は泣きやめて、サドルからおしりを ひっぺがしに かかりました。     ズボンの下に手をさしこんでみると、べっとりさわったのは、やっぱりガムでした。力いっぱい ひっぺがします。

ベリベリ、ひどい音がして、やっとおしりがはなれました。サドルの上も、ズボンのおしりも、べたべたに ガムが広がっています。

「ああ、こんなになって、たっちゃんのせいだぞ」

一郎はおこってみせました。たっちゃんは、さすがにもうガムはあきらめたのか、なにも言わずに  見てるだけです。

ハンドルはまがり、ペダルもねじれて、はずれおちそう。トオル兄ちゃんがみがいてくれた自転車は、ほこりにまみれて、いちだんと みずぼらしくなっていました。

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