見出し画像

(私のエピソード集・27)大学受験

数学が苦手で国立は望めず、父には地元の岡山大学への進学を勧められていたのに、私はどうしても家から離れたくて、東京の私立大学への受験を目指すことにした。

祖父に4年間の学費借金を申し込むと、親に頼めと断られ、思い切って両親にその話をしてみた。父は先に祖父に頼んだことを、恥じ入って怒り、母はなんとかなりますよ、と意外にも後押ししてくれた。

長兄の親友の弟でオペラ歌手のT氏が、東京女子大の校門近くのアパートで暮らしていて、その部屋に3泊できるよう、兄が手はずしてくれた。

まだ新幹線のない頃で、13時間ほどかけて上京し、受験日前日に、そのアパートの部屋に落ち着いた。勉強机でも何でも使うようT氏に言われ、早速机に向かって、最後の見直しをするつもりだった。

ところが、目の前には、私の読んだことのない文庫本が、何冊も並んでいるではないか! それらを開いてみずにはいられなかった。開けば、文字中毒症だもの、引き込まれて読み始めてしまう。

最後に、シュトルムの『みずうみ』という小説に読みふけって、夜中の2時頃読み終えた。若き日の実らない初恋の切なさが、美しい情景と共に語られ、心を深くゆさぶられて、余韻にひたりながら、眠りについたのを覚えている。結局、受験勉強の仕上げには、手を触れないままだった。

翌日から5教科7科目の、2日間にわたる受験本番となり、周囲の女性徒たちは不安げに、固くなっているのが見えたが、私は自分でも驚いたほど平常心そのものだった。

むしろ試験問題が面白い、楽しいと思ったのを覚えている。例えば、英語の問題に「ロンドンとパリの違いを、簡単に述べよ」という英作文問題があったり、生物の問題では「口から食べた食べ物が、排泄されるまでの経緯を、主要な臓器を含めて、図で示せ」とあり、真っ白な紙一枚が添えてあった。

この問題には参った! 高校の生物教室の「人体模型」が怖くて、近寄ろうともしなかったし、大体、生物の教科書に出て来る写真や図形が、私には気味悪い物が多すぎて、たくさんのページを折り曲げて、見ないようにしていたのだ。(特に左右同型にぞっとすることが多く、エビ類、虫類、木の葉類は、即、折り曲げ対象になっていた)

肝臓、腎臓、などがどの位置にあって、胃や腸とどうつながっているのか線で描こうとすると、当てずっぽうに描くしかなかった。

「ご覧になる先生は、きっと大笑いされるだろうな」と思いながら、自分でも笑ってしまう図になってしまった。あの時先生は、あまりの非常識と、生物の学力不足に苦笑いし、失望されたに違いない。

大の苦手の数学は、高校の模擬試験よりも格段に易しく、私でもほぼ全問解答できた。この大学は自由な発想を重んじているのでは、私には向いているかも・・と思えた。

この時、青陵高校の3年先輩の二人の方が、女子大の西寮におられることを、前もって教わっていて、連絡を取ってあったので、お会いすることができた。

いろいろ質問をした中で、「卒論はどんなことをするのですか?」と単刀直入に伺ったとたん、二人が目を丸くして「あなた、まだ受かっていないのよ」と言われて、あ、と気づき、私も吹き出してしまい、三人で大笑いになったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?