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ツナギ5章(6)神聖な仕事

そこまで言うと、じっちゃは隣に座ったツナギに小声でこう言った。

「ツナギ、今夜、お前には教えておく仕事がある」

驚いて背筋をのばしたツナギに、じっちゃがいっそう小声になって、ツナギの耳元でささやいた。

「お前にしかできぬ、我が家伝統の仕事だ。広間の壁の印と絵をすべてなぞり書きして、それから今回の大揺れのことを、書き足すのだ。今回は皆の見ている前でやるしかないが、その前に、もっと大事な作業がある。この話し合いが終る頃、わしについて来い」

ツナギはうなずいた。まだ話し合いは終ってはいなかった。

今度はモッコヤが声を上げた。

「船を作る仕事がなくて助かるが、今度はオレたちの村を、どこにどんな風に作るかだな」

皆がそれぞれにうなずいた。じっちゃがすかさず口を出した。

「それは何より大事な決め事だ。オサ、まずその話から始めるか、それとも子どもらの婚礼の日取りを決めるか、話し合いを頼むぞ。わしはちょっと奥の部屋に用事がある。ツナギ、松明を持って、いっしょに来てくれ」

婚礼の話が先だ、という声が幾つも聞こえる中を、ツナギはじっちゃと奥の部屋へ向かった。

大岩のある一番奥の部屋は、真っ暗で一段と寒く、雑多なにおいがする。干し魚にワラ、キノコに薬草、松かさの山、麻やカラムシなど布の原料、古いゴザその他のにおいが、入り口周辺から左右に積まれたカメやカゴから、立ち上っていた。

じっちゃは一度も立ち止まらず、出っ張った大岩の一番奥の、裏側の方へまわった。そのあたりは、じっちゃの竹細工用の材料やワラが、山積みになって岩にもたせかけてある。

ツナギが松明を掲げて、何をするのかと見回していると、じっちゃが大岩と壁にもたせかけた竹の束を脇に寄せ、壁に背をこすりつけるように動いた。ふっとその姿が消えた。

えっと驚いて、松明を掲げて近づいてみると、大岩と壁の間に、かすかに隙間があるではないか。ツナギは今まで一度も気づいたことがなかった。

「早く入れ」

じっちゃがささやき声で言った。松明をもってツナギも背を壁につけて、隙間にもぐりこんだ。やっと通れる幅だ。中は狭いが、2人で入っても充分に身動きできるほど、深くえぐれていた。大岩はその一部に窪みを抱えていたのだ。

じっちゃはしゃがむと、床に並べた石の列を示した。2列目に白石が6つ並んでいる。列の左に、小さい竹カゴが2つある。その1つに白い石が10数個入れてあり、2つめのカゴに黒石が2つだけ見えた。右手にも同じようなカゴが3つあり、1つには白石が10と1つ入っている。もう1つには、黒い石が8つ入っていて、残り1つには黒石と白石が数個混じっている。

「お前の目なら、松明はなくても見えよう。これが日を数える大事な石だ。6代前のドンじいがあの壁の日付を作るために、考えに考えたのだ。わしは夜が明けると、この左のカゴから白い石を1つ床に置く。両手の指と同じだけ並んだら、次の列に並べる。これが3列並んだら、すべてを元のカゴに戻し、白石1つを右の小さいカゴに入れる。ひと月経った、ということだな。今は10とひと月経ってるわけだ。

ドンじいは、満月から満月までの長さを何度も計って、大体こうだと気づいたのだ。右の小さいカゴの白石が、手の指よりも2つ多くなると、冬から冬へと季節も大体元に戻ってくる。それで〈季節のひと巡り〉で、黒い石1つに置き換えて、右のカゴに入れる。それが1年ということだな。今、8年無事に過しているということだが、今年は揺れと水を書きこまねばな」

ドンじいって、なんてすごいことを考えたのだろう! ツナギは目を見張っていた。あの壁の模様は、ここで数えられていたのか! じっちゃたちは、代々、毎日それを受け継いできたのだ。

あと1列と少し白石を並べれば、3列目が終わり、すべて元のカゴに片付けて、黒石ひとつに変えて、右のカゴの黒石を9つにする、とじっちゃは言った。今年も終わりが近いのだ、とツナギは思った。

「広間の壁の高い所はわしがやるが、お前は手の届く範囲をやってくれ。そのうちに背丈も伸びよう。お前の父親にもお前の年頃に教えたものだが」

じっちゃはつぶやくように言った。父さんだ! 父さんに教わりたかった、とツナギはこぶしを握りしめた。

「わしが足のけがで八木村にいた間、ハナに小石を拾ってもらってな。日数を数えておいて、ここで白石を並べ足したのだ」

ツナギは思い出した。自分も似たようなことをしたぞ!

「オレ、ゲンたちが海へ行った後、何日かかるか知りたくて、1日経つと小枝を祭壇の後ろへ置いてた。山越えした2日分は、後で足した。それって、白石と同じだよね」

「そうか、お前もか。お前はドンじいの血を引いておるな。年が明けたら、お前がやってくれ。お前は目がいい。松明なしでもやれよう。ただし、誰にも気づかれるな。石が乱されて、日がわからぬようになると一大事だ。この場が決して見つからぬように、心してやってほしい」

じっちゃはツナギの肩にかけた手に、ぐっと力を入れた。大事な神聖な仕事を任されたようで、ツナギは腹に力を入れて、うなずいた。                   

じっちゃは穴部屋を出て、元通りに竹の束を隙間に立てかけると、ツナギをうながして、2人で皆のいる囲炉裏部屋へと戻った。


翌朝、じっちゃと共に、皆の注目を浴びながら、ツナギは広間の壁の模様の書き換えを手伝った。消し炭をたっぷり入れたカメが壁近くに置いてあった。あと10数日で、1年の終りを迎える日だった。

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