3章-(6) 夫人達と国立公園へ
朝からもの凄い暑さ。日焼け止めクリームが必要だ。宿の女主人に店の場所を訊き、9:15分出かける。夫も共に来てくれて心強かったが、少し行った所で「しまった、10時までに大学へ行くには間に合わない!」と、夫が言い出し、仕方がない、別れた。
5,6人に訊いてたどり着き、一番効果があるという〈SPF 20〉を、11,95Gで買い、大急ぎで帰る。行きに帰りのことを考え、目印を頭に残したので、なんとか無事帰れた。オランダの町並はどの通りも似ていて、似た高さの 似た屋根や窓の形をしていて、迷い易い。
大汗をかいたので、シャワーを浴び、クリームをいっぱい塗り、着がえを して、夕食パーテイのための服もリュックに詰め込み、大急ぎで飛び出したら、車でウイルが待っていた。
「日焼け止めなら、貸してあげたのに。シャワーがさっと使えるようになって、オランダに慣れてきたみたいね」だって。
大学でエリサを拾って、ウイルはジュデイットも乗せた。私とアンナは、
ハトルの車で先に出発して、アーネムの国立公園内の美術館へ向かった。
この時初めて、ハトルの名前が〈ガートルード〉だと、アンナの呼びかけ方でわかった。
「ガートルードなら、シェイクスピアの『ハムレット』の母后の名で、女王様じゃないの」
と、私が驚いて言うと、ハトルはきまり悪そうな顔で言った。
「そうなの。あの后はあまりいい母親ではないけどね」と、言った後、運転しながら調子をつけて『ハムレット』の台詞を、暗唱してみせたりした。
国立公園は、実に広く、荒野みたいな荒れ地の並木道を行く。誰ひとりにも会わない。ここは元貴族の領地だったが、戦後維持できなくなり、子孫には譲らず全てを政府に寄付し、居城だけを貸してもらって、死ぬまでここに暮らしたそうだ。
ハトルは娘が幼い頃、日曜日にはよくここへ娘と遊びに来た。公園内で道に迷ったこともある。夜9時頃、自分の車に戻れなくなり、真っ暗で怖い思いをした。やっと1台通りかかった車があり、乗せてもらって家に帰り、翌日 もう一度車を取りに戻ったという。それほど広い土地なのだ。
美術館は小さいと聞いていたが、アムスよりも混んでいない分、ゆったりと気持ちよく見られ、ゴッホを少し見直した点もあった。明るいヒマワリは いいなと思えて・・。
無名の人の作品だが、非常にエレガントな女性の、半身像を描いた作品が あり、私は見とれてしまった。思わずハトルに、
「首から喉、胸までの美しさ、両腕を軽く組んだ、腕から手首の優雅さや、皮膚の感じが素晴らしくて、触れてみたくなるわ。リアルで魅力的で、血の通った肉体そのものが感じられる」と言った。
「そうそう、その通りよ。私もそう言いたかったの!」
と、ハトルはわざわざウイルを呼んで、私の言葉をその通り伝えていた。
ハトルは自分が絵を集めたり、彫刻が好きで、娘も画家になっているせいか、好みや性格に少々芸術家風な気むずかしい所があり、服の色は無彩色か黒っぽい物を選ぶ。アムスでは風を寒がったので、私がカラフルなスカーフを貸してあげようとしたら、とんでもないと強く拒否された。好みでない色の物を身につけるくらいなら、風邪を引いた方がまし!という信念さえ見てとれた。
そんな彼女が私の言葉に感動した様子が見てとれて、意外でもあり嬉しくもあった。実は私は英語教師を長年勤めていながら、英語で会話するのが苦手というか、嫌いだ。何か言った後で、あっちの単語で言った方が、もっと 適してたかも、などと余分なことを考えてしまう。書くのなら、何度も推敲できるが、会話はいったん口に出したら、取り返しがつかない思いになってしまうから。それでいつも、ゆっくり考えながら、易しい言葉を選ぶことにしている。ハトルにそれで通じたとしたら、ほんとに嬉しいことだった。
『ヴィーナスといたずら天使』の所でも、
「このヴィーナスはきっとモデルがいたのよ。この肌の感じなど生きているようで、もう1歩前に足を出したら、絵から抜け出しそうな実在感と臨場感がある」
と、言ったら、ハトルはまたその通りを、今度はジュデイットたちにくり返していた。
その後、戸外の彫刻造形を見てまわった。これが大変な広さで、ローデン・デンドロームの赤と白の大きな花が、森のように咲き乱れる中に、点々と 飾ってある。巨大な遊園地のような『メイヤーの作品』の上にも上った。 子どもたちが喜んで駆け回っていた。
1時半過ぎにランチ。セルフサービスで好きな物を選んで、お金を払う方式だ。これがアムスで老婦人が教えてくれた〈美術館付属のレストラン〉なのだと納得、私は〈ポテトサラダとパン〉を選んだ。手軽で充分おいしくて、良い方法だと思った。
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