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 4章-(5) 4人で食事会

ママから珍しくみゆきにメールが届いた。

「5日の子どもの日に、うちで食事会をしましょう、とパパにお伝えしてね。4月末のピアノ発表会が終って、やっとあと片づけも終ったので、よい時ではないかと思います。お返事を待っています」

ママからパパに伝えればいいのに、と思うと同時に、みゆきは少し気が重くなった。

場所はママの家。3へやあって、ママが得意の料理でもてなせる台所のある家だ。パパのこのアパートでは4人は集まれない。テーブルは買ったけど、椅子はまだ2つだけ。小さな台所で、何か作るとしても、ごく簡単なものしかできない。お取り寄せなんてできないし、近所にはお向かいのスーパーがあるだけ。あまりに違いすぎた。

でも、4人で集まれるだけ良い、と思うことにしよう。パパとママが決定的に壊れてしまったわけではないし、今の状況を乗り切ろうと、それぞれが 頑張ってる時期なのだから、と気持ちを変えることにした。あきさんやエイの姿が、頭から離れない・・。あの人たちの長く重い辛さに耐えたことを 思えば、みゆきの悩みなんて・・。

その日、パパは入学式に着た良い背広を着て、みゆきは4中の制服にした。
「みやげは何にしようかね」

とパパがみゆきに尋ねた。

「イチゴと練乳がいい。それとも甘夏とはちみつかな。お花はきっと、発表会でもらって、たくさんあるはずだから」

みゆきが自分の食べたいものを挙げると、パパが別の案を出した。

「そうだ、甘夏とはちみつがいいね。ちはるが大好きだったよね。イチゴと練乳はきっとママが用意してると思うよ。みゆきが大好きだと知ってるからさ」と、パパは笑った。

2人してスーパーで買物をすませ、徒歩と電車で、神予町近くの離れの家を目指した。

ちはるが紺色のワンピース姿で、みゆきを迎えると抱きしめてくれた。

「こんな制服なんだね。うすいグレー色は、みゆきにはよく似合ってるよ。嫌かもしれないけど」

「もう、嫌じゃなくなった。そんなこと言ってられないもんね」
「よろしい、その調子!」

そう言った後で、みゆきがうじうじと泣き暮らしてるんだと思ってた、と姉はつけ加えた。

「少し前まではそうだった。でも、いろいろあって、恨んだり憎んだりだけじゃ、今が楽しくない気がしてきたの」

「よろしい、その調子!」と、姉は言って、みゆきの背をどんっと叩いた。

6畳のテーブルにすき焼きが煮立っていて、材料がたっぷり用意されていた。

「頂きながら、お話ししましょうよ」
とママのひと声で、皆座席に着き、食事が始まった。

パパとママは、お箸を動かしながら、この1ヶ月の経過報告を仕合った。。  

パパは転勤高校で、4月から2年1組の担任となり、部活は囲碁部の顧問と、進学指導担当にもなったそうだ。

ママは今年は担任がはずされたので、少し楽になって、ピアノ教室を続けられるばかりか、新しく3人増えて、まだ増えそうで、借金を返すには有り難いと。

そう言いながら、1学期の後半は「合唱祭」のため、各クラスの合唱指導が余分に増えることになって、忙しくなる。それがすむまで、食事会を予定通り、月に1回できればいいけれど、ともつけ加えた。

ちはる姉は、生徒会長の役目は終わり、ブラスバンド部部長も2年生に譲って、3年生は1学期で引退になるそうだ。後は大学受験に打ち込む。理系に強い姉は、薬剤師になろうかと思ってる、とパパに話していた。

みゆきはすぐ隣の市営住宅に同級生がいて、その隣のおばあさんたちとも、仲よくしてもらってる、と話した。部活は園芸部で、花の種を植えるのを、大失敗して、笑われた話もした。

「そういえば、みゆきは花鉢の水やりは、よく手伝ってくれたけど、庭に花の種をまくのは、やったことないわね」とママが笑いながら続けて言った。

「みゆき、よく話してくれたわ。みゆきが塞いでいるのでは、と心配して たのよ。パパのアパートも一度行ってみないとね。台所道具など、足りない物ばかりでしょ。お弁当はどうしてるの?」

「連休明けから、給食が始まるそうだ。4月中はお弁当作りに困って、図書館で本を借りて、真似して作ったりしたんだ。男も食事作りをしておくべきだったな」と、パパが本音を話してくれた。

ママみたいに上手ではないけれど、パパが朝早く起きて、2人分の弁当を 作っている物音に気づいて、みゆきも起き出して、手伝ったりしたのだ。  

「やっぱりこうして4人集まって、近況を話し合うのは、いいわね。なるべく土曜日の午後4時以降を開けるようにするわ。またぜひやりましょうよ。忙しいのは、いつだって忙しいのだから・・」             と、ママが言ってくれて、今月末の土曜日にまた会うことになった。

デザートはパパの予告通り、みゆきの好きなイチゴに練乳だった。ちはるはパパの持参した夏みかんを、さっそく真横にふたつにカットして、真ん中の芯をくりぬきそこへはちみつを流して、スプーンでほじくって食べ始めた。残り半分も同じようにして、みゆきにどうぞ、と渡してくれた。

「両方食べられてよかったな、みゆきもちはるも」           とパパは笑って、見守っていた。

ママは自分で作った料理を冷凍した品々を、保冷剤入りの冷凍バッグに何個も入れて、みゆきに持たせてくれた。ずっしりと重い。ママの気配りと愛を感じて、みゆきはジンとした。パパとみゆきの暮らしを、こんな形で気にしてくれているのだ。

「チンすればすむのと、フライパンで焼くのと、お鍋に入れて、そのまま 煮立たせればいいのと3種類入れて、黒マジックで書いてあるから、みゆきにもできるでしょ」

みゆきは有り難くうなずいて、その袋をパパに渡した。

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