見出し画像

7章-(6) ニコル先生の知恵

編み物のあじさいのモチーフがとうとう出来上がった。勉強や寮の生活で 忙しくて、20cm四方のモチーフがたった一枚出来上がったのが、この  1学期の成果だった。ガクアジサイの色の飛び具合もうまくいって、1輪の花がグレーを背景に浮き上がって見える。

これをミス・ニコルにお見せしなくては、約束したのだもの、と丁寧に  アイロンがけをすませて、小さいスカーフに包んで、5時ころの散歩時に、先生宅をたずねてみた。

ミス・ニコルはその日も編み物を続けていたようで、居間に通されてみると、ソファーの上に袖が片方編みかけのまま、置いてあった。

「やっとできました、先生」
香織はスカーフを広げて、小さなモチーフを取り出した。

「おお、ハイドレインジア!  ラブリー、エクセレント!」

先生は壁の戸棚の中を見まわして、1つの写真立てのようなガラスの         はまった長四角の物を取り出した。

「こうしてみましょう」

モチーフを写真の代わりに入れてみると、焦げ茶の板の縁がくっきりと、  あじさいを引き立ててくれている。

「ね、こうすれば、この1枚でリビングの壁に飾れますよ。ほんとにすてき!」

香織も目を見張って、ニコニコしてしまった。こんな使い方もできるんだ。

「カオリ、あなた、夏休みにもっと作っておきなさい。文化祭の日に、この形で出展してみましょう。売れたらそのお金を寄付することもできますよ」

「これは、先生に差し上げます、どうぞ、受け取ってください」

「いえいえ、これは記念にとっておきなさい。あなたがこの1学期、どんなに辛い思いをしながら、その合間に2,3段ずつ編み足してきたか、察しております。あなたの大事な思い出の品にしなさい」

先生はずっと日本語で話してくれながら、香織に写真立てに入れたまま、 返してくれた。

熱い思いで、その後、香織は散歩を続けた。セーターやカーディガンや、 コートなど、大きな物を作らなくても、こんな形でも人に喜んでもらうことができるんだ、と新しい世界が広がった気がして、この先の自分のできる ことの1つを見つけたような気がした。〈編み物作家〉だって、あるのかもしれない!

その夜、9時の瀬川班長の点呼が終ったあと、香織は直子にぜったい言わなくては、と心に決めていた言葉を、口にした。

「明日からしばらく会えないけど、1学期の間、いつも支えてくれて、勉強も教えてくれてありがとうございました。同じへやでほんとにラッキーで、うれしかった、もう一度、ありがとね」

頭を下げながら、はっきりとそう言うと、直子は驚いたように振り返った。

「私こそ、お礼を言いたいわ。楽しかったあ。オリの手伝いも少しはできたし、オリのパパのおかげで、ポールに会えたもの。結城君はもう・・」

言いかけた言葉を、香織がすぐに続けた。

「悪いけど、明日と明後日、ユウキ君とデートするの。ユウキ君のママと パパにもお会いしたの・・」

結城君のママがどんなに喜んで、香織を抱きしめてくれたことか! そして銀行員のパパは、しっかりと香織を見つめて、よろしく頼むと握手してくれたのだった。

「えっ、ええー、オリ、いつのまに・・ええっ、知らなかったぁ、ひどいや、オリ。でも、それでいいの、オリ? デコボココンビだけど、気は合うの? だとすると、あたしの持論を考え直さなきゃあ。見かけも雰囲気も 全然違って見えても、合うこともある、ってさ」

「いいの!  デコボコでも。とってもいいの」

「それじゃ、おめでとう!  今度こそ、乾杯だぁ」

ほんとに、2人で乾杯した、紅茶で・・。


その夜、もうひとつ、うれしいことがあった。野田圭子からの電話だ。      はずんだ声で香織を誘う電話だった。

「夏休みに入ってすぐ、うちに泊まりにおいでよ。前みたいにさ。久しぶりだもん、2泊してもいいよ。お母さんがカオリちゃん、どうしてるかしらね、って言ってるよ。よく泊まりっこしてたのに、大きくなると来なくて、寂しいね、だってさ。いいでしょ、私の高校を案内してもいいよ」

「お誘いありがと! 圭子の学校も見たいけど、私、約束がもうあるの。  2日とも。その後で、大阪に帰ることにしてる。ママには、寮に2日残る  理由を説明しなきゃならないの・・」

「あああっ!  ひょっとしてデート?  でしょ? オリもとうとう見つけたな! あのさ、私の彼は、休み始めに、バスケの合宿で、5日もいなくなるから、オリを誘ったんだ。ね、オリのママへの言い訳は、あたしがやったげるよ! 圭子んちに泊ることになったの、って言えばいいのよ。オリは嘘がつけそうもないから、私が、大阪にTEL入れてあげるよ。TELを教えてね。私のママもカオリに会いたがってるから、って言えば OK よ」

「ひゃあ、ありがと! どうしようかと思ってたの。ユウキ君とデートで 残る、なんてママにはぜったい言えないもの」

「ユウキ君か、わかった! コングラチュレーションズ! まかしといて! じゃ、お泊まりはいつかそのうちにね。夏休み中はずっと、オリは大阪で、会えないね」と圭子。

「そうでもないの、一度だけ、ワンゲル登山で、高尾山に登りに、上京するつもり。あ、その時泊めてもらえるかなぁ。寮は開いてないもの」

「それいい! ママにも言っとくね グッナイト、いい夢を!」
「ユー、 ツー」 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?