(204) 形見分け
「・・・火曜日の夕方4時半頃、あなたはみずき通りを、車で走っていらしたでしょう。かなりのスピードでしたよ。自転車が大好きで、おてんばさんだったあなたを思い出していました。ご実家にお帰りの折は、ぜひお寄り下さい・・」
岡さんは小学校の恩師からの絵はがきを読み返して、首をすくめました。
まいったな、見られてたか!
でも、懐かしさが一気に襲ってきました。
出かけてみるかな。かなりのお年のはずだし・・。
子安町の実家の近くにある先生のお宅は、バラの花が庭を埋めていました。
ひとしきり近況を語り合い、同級生のだれかれの話に笑い合っていると、先生はふと気づいたように言いました。
「あなたは首がおきれいね。ここにちょっと光る物があると、なおいいわ」
先生はつと立ち上がって、隣の部屋へ姿を消すと、やがて青いビロードの箱を手に戻って来ました。
「これを使ってみてね」
金のネックレスです。
「そんなに簡単にこんな物を下さっていいの、先生?」
「では、贈呈式でもいたしましょうか?」と、先生はおどけて、岡さんの首に金の鎖をかけてくれました。
「これで生きるわ、この品もあなたも。年をとると似合わなくなってね・・」
(生きているうちの形見分けよ)
独り身の先生の胸のつぶやきが、岡さんには聞こえたように思われました。
「なくさないよう、大切にします」
「そう言えば、いろいろあったわね、あなたは・・。忘れんぼで、よくさがしてばかりいたじゃないの」
二人で笑い合いながら、岡さんは心につぶやいていました。
また伺いますね。何度でも・・。
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