2章-(4)押入れの隠れ家
昼すぎ、みゆきはさくらアパート101にかけこむと、内側からカギと チェーンを2重にかけた。
外からのぞかれないよう、南側のシーツみたいなカーテンは閉じたまま、 大いそぎで、コンビニで買ってきたハンバーガーと牛乳をトレイにのせ、 押し入れに運びこんだ。
夕方までには、向かいのスーパーで、夕食の買物をしなくては・・。でも、今はとにかく静かにしていたい。
制服をグレーのジャージに着がえて、押し入れの上段に上がりこみ、中から戸をしめるとやっと落着いた。たたみ1枚半ほどのこの空間が、今のみゆきの居場所であり〈かくれが〉だった。
この1週間、父が新しい勤務校に毎日出かけて行った後、みゆきは〈ひき こもり〉みたいに、この押し入れの中で大部分の時間を過ごしていた。
南の端の小さな机の上にトレイをおいて、うしろにたおれこむと、敷きっぱなしのふとんがやわらかく受け止めてくれる。ほうっとためいきが出る。
疲れた! 入学式と教科書配布と、クラスの顔合わせだけだったのに。
野間栄子のやつ、よりにもよって同じクラスだったなんて。みゆきは頭を 振って、エイの顔と声をむりやり追い出した。
しばらくして、頭の上のひもをひっぱって蛍光燈をつけると、起き上がり、ハンバーガーをのろのろ食べた。この味にもにおいにも、もううんざりだ。引っ越してからのこの1週間、昼は毎日似たような物ばかりだもの。牛乳で、むりやり流しこんだ。
その間にも、アパートのドアをノックする音が聞こえてきそうな気がして、つい耳をすましてしまう。
エイって、ほんと、へんなやつ! まるででっかい吸盤つきの大ダコみたいに、今日は帰りまでずっとみゆきにつきまとっていた。みゆきが素っ気なくしてるのは、わかってるはずなのに。
帰りみち、コンビニで昼食を買うのを、エイに見られたくなくて、みゆきは途中のビデオ店の柱のかげにすっと隠れた。エイは遠ざかりながら、まかれたことにも気づかないで、しばらく大きな声を出していた。
そのあとで、みゆきはコンビニにひとりで入ったのだ。
とにかく、エイにはうんざりだった。朝からずっと、みゆきはエイに返事もせず口もきかず、不機嫌な顔のままつき放して失礼の限りをやり通し、自分でも失礼をやってる、とかなり気がとがめてた。でも、あいつのドンカンさだって、失礼の極みだ。エイときたら、ノーテンキに笑顔いっぱいで、勝手に言いたい放題なのだから。
「おんなじクラスじゃん!よかったねっ」
あんなどでかい奴が、1年生だったなんて。しかも、同じ1組、数学の松尾潔先生のクラスだったなんて。
エイは座席まで、しばらく自由にしていいのをいいことに、みゆきの隣に 座った。
朝出会ったのが運のつきらしい。明日からもずっと、つきまとわれそうだ。家に帰ってからも気軽に訪ねて来そうだった。道を隔てた隣なのだから。
ただ、学校ではエイのおかげで助かった部分もあった。
「そこの2人は、いつ頃 制服ができてくるんだ」
松尾先生は、40冊の教科書配布の騒ぎがおさまると、ふいに窓際の前から3列めのみゆきと、その隣のエイに話を向けた。おだやかな声だった。
クラス全員の視線がいっせいに集中した。
「だいたい2週間くらいだって・・ね、そうだよね」
エイはみゆきをちらと振りむいて、返事を待たずひとり合点すると、ぬうっと立ち上がった。ぐるりと見まわして、クラス全員に頭を下げた。5、6回も・・。
「よろしくお願いしまあす。急な引っ越しだったもんで、2人とも」
笑い声が起こった。先生も笑顔で言った。
「制服ができるまでの2週間だけだから、みんなも承知しておいてくれ」
うしろの方で声が上った。
「いじめる勇気のあるやつは、いないと思うよ」
「へえ、米山でもかなわないんだ」
人気者らしい米山君とかのまわりで、どっと笑いが高まった。クラス中の 視線は、エイのどんとした重量級の私服に注がれていた。
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