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6章-(4)兄と姉の話題

待合室に座って、4人は手術が終るのを、待ちに待ち続けた。香織は不安を鎮めたくて、リュックにいつも入れてある編み物を取り出し、編み始めた。

貴史は志織と大学の話を続けている。
「おにいの資源工学って、どんなことを学んでるの?  来年は卒論を書くのでしょ?」

貴史は問われて、少し考えて説明を始めた。
「範囲は広くてね。主にエネルギーに関して学ぶね。エネルギーの元は地下に多くあるから、地学もあり、電気工学に資源工学に、環境工学も含まれる。オレはリサイクルをやるか、環境問題を選ぶかで、迷ってたんだ。地球環境を汚染してる物が多すぎるからなあ。チェルノブイリみたいなことが、日本で起こったら、どうなると思う。空気を汚し、水を汚し、土地も山も森もみな汚染されるんだ。それも何十年も何百年もね」

「わあ、勉強範囲が多すぎて、迷っちゃうね」
「手を広げすぎても、オレの手に負えなくなるから、まずはリサイクルに しぼるかと思ったんだ。今ある資源を、有効に活かす方法と実践とを考えてみようと思ってるんだ。グレゴリー先生が、その専門教授なんだ」

貴史はふと顔を上げると、香織が静かに手早く編み針を動かしているのに気づいた。没我の状態のようだ。じゃまをすまいと言うように、貴史は志織に言った。

「ニットというのも、見ようによっては、リサイクリングに相当するね。 新しい糸を買ってきて、セーターとか靴下、帽子とか編むだろ? 小さく なったり、飽きたりしたら、ほどけば元の糸の状態に戻って、別のものを 編むこともできる。たとえ、セーターに穴が開いたとしても、ほどいて糸にして、着れたのは結んで繋げば、また別の物が作れるじゃないか。こういうのも経済資源工学になると思うんだ」  

「ふうん、そういうことか。日本の着物もそう言えるね。おばあちゃまは、着物をほどいて、私のスカートや半纏を作ってくれたり、手提げや座布団やカーテンにしたこともあるのよ」

「香織は何を作ってるんだ? なんだか小さいものだね。セーターとか  マフラーでもなさそうだし・・」
「あれね。説明始めると長くなるのよ。家に帰ったら、新聞記事を見せて 上げるわ。オリは9月の文化祭で〈時の人〉になっちゃったのよ。そのうち、百貨店で個展を開いてくれることにもなってるそうよ。まあ、高校生の間は、ムリらしいけど・・」

貴史はびっくりして、声を上げた。
「ええっ、あのちびっ子が、そんなことになってるのか。なんで、あんな 小さい編み物がそんなことになったのか、教えてくれよ」

それで志織は、香織やママから聞いてあった話を、ミス・ニコルの依頼も 含めて、長々と話すことになった。

「オリはね、あにいには何にも伝えてないけど、ママとあたしが入ってた 清和女子学園の、入学試験に落ちて、都立高に入学が決まった頃に、パパの転勤が大阪空港になって、オリも大阪の私立高に入ろうとして、学校も決まっていたのよ。ところが、3月の末近くになって、清和女子学園から、笹野香織さんは補欠に2点足りないけど、欠員が出たので、入りたいなら入れますが、どうしますか? と電話が来たんですって。ママは大喜びで、すぐにOKして、それでオリは、あじさい寮に入れることになったのよ」

「香織はそんなに成績が悪かったのか! 学園でビリのビリってことだろ。入ってからも苦労しただろうな」
「そうらしいわ。オリの話じゃ、1学期の間は担任の先生に、勉強をちゃんとやってるか、報告させられてたそうよ。中間考査の結果が、300人中の300番で、しかも、299番目の人よりぐんと低い点だったんだって。それから、必死になって、自分で計画して取り組むようになったんだって。そんな時に、パパが寮を訪ねてくれて、その時、今を楽しく生きろ、青春を楽しめ、ビリのままでもいいよ、って言われて、気が楽になったんだって」

「それにしても、その話に編み物は出て来ないじゃないか」

「ママに禁止されてたの。高校の間は編み物はダメ、勉強に差し障るって。でも、オリは編み物すると、気持ちが休まって、元気を取り戻せるらしくて、自分で針と糸を買って、1学期に1枚だけ、アジサイの花を編み込んだ、小さな四角のモチーフを編上げたのよ。それを、編み物好きのニコル校長先生に見せたら、先生がすごく感動されて、写真立ての額縁に、それを入れて下さったんですって。私もそれを見たけど、すてきなのよ、それが。オリは小学生の初めの頃から、おばあちゃまに編み物を教わって、よくいっしょに編んでいたわ。あたしはスポーツの方がすきだったけどね」

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