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5章-(4) クラスメートたち

江元寮監先生には、隣室なのだから、すぐに香織の異変に気づかれてしまった。遅い時間に「笹野さん、電話です」と週番に呼ばれ、パタパタと電話室へ下りて行き、帰りは手すりに捕まりながら、やっと部屋まで帰った香織を心配して、先生は翌朝、食堂から出る香織を呼び止めたのだ。

香織が事情を話し、週末に帰郷すると伝えると、
「私は祈ることしかできなくて申し訳ないけど、心から祈り続けていますね。こんな時こそ、あなたの芯の強さを発揮なさいね、期待してますよ」
と、言ってくれた。

学校では6時間目の授業が終ると、土曜日に来てくれる順番の、内田さんと前田さんに打ち明けることにした。2人は激しく胸打たれたようだった。、
「そんな大変な時なのに、週3枚と決めてることを、ちゃんとやろうとしてるなんて、ほんとに何て言ってあげたらいいのか・・涙が出ちゃう・・」
と内田さんは、目をうるませていた。

「あす金曜の夜に、元ルームメイトの直子が、アイロンかけをすませてくれて、土曜の午後には、今のルームメイトの山口愛さんが、私の代わりにあなたたちを迎えてくれることになってるの。心配かけて悪いけど、お願いね」
「そこまでちゃんと気配りしてくれたのね。ありがと。あたしたち、ちゃんと送り出しておくわ。ほんと、オリって、責任感の強い人だったのね、尊敬しちゃうわ」
と前田さんも言ってくれた。

「新幹線の中で、編み続けていれば、来週もきっと大丈夫、3枚出来上がると思う。父の急変が無い限り・・」
香織は、両手を合わせて、祈るように目を閉じた。2人もいっしょに手を 合わせた。

佐々木委員長や横井さんが、3人の様子に気づかないはずはなかった。すぐに寄ってきて、内田さんたちから香織の事情を知ると、
「何かお手伝いできないかしら。編み物はできなくて、代わりに編むなんてできないし、医学の知識はないし、何にもできずに、オリの大変さを見てるだけなんて、悔しいよ!」
と、横井さんが焦れたように言った。佐々木さんも同感よ、と頷いて、言い添えた。

「ほんとに、文化祭の時から、オリには編み物を送り続ける仕事をしてもらうことになってしまって、私、責任を感じてるの。大阪のご実家に帰ってたオリに、電話までして〈特技展〉に出品してもらって、それが一番メインの出し物になってしまって・・。ほんと、申し訳ない気持ちなの。注文の仕方など、もっと簡単なやり方を考えればよかったのかもって、後悔してる」

香織は驚いて、佐々木さんをなだめた。
「でも、始まりはミス・ニコルの提案だったし、佐々木さんが責任感じる ことないの。私は編み物してる間は、無我の状態になれて、心が安まるの。だから、心配して下さってありがたいけど、心配しないでね。父のことは、お医者様にお任せするしかないから、私は強い念力を送って、助けてください、とお祈りするしかないけど」

「強い念力ね!うん、オリにはそれ確かにあるよ。感じることある。恋人もちゃんといるし・・」
と横井さんの爆弾発言に、佐々木さんがえっ? と驚きの声を発した。

内田さんは思い出し笑いをして、すぐに説明を始めた。

「文化祭の時の写真のことよ。オリが寮の引越しをする前の日に、私たち 3人でオリの部屋で、ニットの送り出しをしてたら、つい見えたんだよね。星城高のバレーの決勝戦の時に、サーブがとりわけ強烈な人がいたでしょ。皆でユウキ、ユウキって叫んで、応援したじゃない。あの時の結城君が、 オリの肩を抱くようにして、あの額縁ニットの並んでた壁の近くで、2人で写されてたの。写した直さんて人の机の上にあったのよ」

香織は赤くなって、もうやめて、と横井さんと内田さんの発言を止めるのに必死だった。気づかれてないつもりだったのに、やっぱりバレてたんだ。

寮への帰り道で、ポケットのケイタイが鳴り出した。ママかも、と香織は 近くのヒマラヤスギに駆け寄り、大急ぎでケイタイを開けた。
「今、どこだ? 門まで出て来れるかい?」結城君だった。
「寮へ帰ってる途中の、ヒマラヤスギのところ・・」
「よし! あのグリーンベンチで待ってな。今行くから。5分で行くから」

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