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(私のエピソード集・9) 23歳の高校生

教員になって2年目の夏休みに、同期23歳の女性5人で、高校生に化けて、新潟へ旅したことがある。最初からそのつもりではなく、成り行きで、化けないわけにはいかなくなったのだ。

 その地方で大きな地震があって、間もない旅だったので、私が職員室から、旅館へ被害などを、電話で問い合わせた。すべて無事だから、ぜひおいで頂きたい、と宿の主人に長々と説明されたが、次の授業が始まりそうで、早口で「それで、宿代はおいくらですか?」と伺うと「学生さんですから、○○円で・・」と言われて、電話は切れた。

「学生さん?」と耳に残ったひと言が、気になったが、忙しさに紛れて、そのままにしておいた。

 夏休み間近に、私あてに確認と案内の葉書が届いた。その文面に「勉強にテストにお忙しい時期と、お察しいたします・・」とあり、お代は学生として、○○円と明記されていた。

 やっぱりご主人は、高校生と思いこんでいたのだ。(私は童顔でチビのせいか、よく間違えられたが、電話の声でも、大人と思ってもらえなかったらしい)

 最初に電話をした時に、こちらはK高校ですが、と名乗ったのが、間違いのもとだったのだ。

 私はすぐに同期の人たちに、どうしよう? と相談した。今さら、教員です、と電話で訂正しにくいな、と私。それなら、このまま生徒に化けて、行っちゃいましょうか、と皆で面白がって、盛り上がってしまった。

 当日、髪の長い3人は、いつもの結い上げの代わりに、お下げ髪やポニーテールにし、服装も高校生風に、かわいらしくしたつもりだった。

 列車の中では、会話に気をつけようね、と話し合っていたのに、すぐ近くに高校生の男子群がいて、話しかけられ、話がはずんでいるうち、「なんか、お姉さんみたいだなあ」と言われ、どっきり。笑ってごまかしたけど、もうすこしで、バレそうだった。

(その時は思いが至らなかったが、18歳と23歳の差は、大きすぎた。その間に、大学4年間と教師1年半、しかもベビーブーム突入の、1クラス60数人を相手に、奮闘中の体験真っ最中なのだから、かくしきれない、にじみ出てくる雰囲気があったに違いない)

 宿に着いてからが、もっと難儀だった。部屋の担当として現われた人が、地元の高2の女の子だったのだ。

「生徒の話や、テストの話はやめとこ。気をつけようね」とこそこそ言い合ったのだが、その子は、東京から来た高校生に、興味しんしんで見守っていたようだった。

翌朝、部屋に茶道具を持って現われた時、彼女はこう言ったのだ。

「東京の高校生は、やっぱりちがいますねえ」と、感心したように、はっきり言い残し、その視線は、私たち5人を見まわしていた。

 彼女が去った後、何がちがうの? と、私たちは顔を見合わせた。確かに、夕べ食事の後のおしゃべりの時、いつのまにか、期末テストの結果のことや、生徒たちの話を、ついやってしまったけど、私たちは二階の部屋だし、彼女が聞いていたはずはないのに・・。

 それからやっと気付いた。そのことではなかったのだ。私たちは、その朝いつものように、口紅をつけたり、化粧したり、眉を描いたりしていたのだ。東京の高校生は、みんなそうしているのだ、と思われてしまったのだ。

 ああ、バレてしまった、と私たちは悔やんだのだが、宿の人は誰も高校生と思いこんでいてくれて、何の疑いもなく、宿代は予定通りの、生徒用代金で済んだ。払いながら、気がとがめたが、今さら打ち明けることもできなかった。

 宿を去って、妙高高原へ出た時は、肩の荷が下りた感じ!やっと自分を取り戻し、もう二度とあんな真似はしたくない、とうなずき合ったのだった。

 したくないより、できはしないわ、バレてしまうもの、というのが、私のひそかな実感だった。北朝鮮からの引き揚げのせいで、小学校入学時に1年遅れて、皆より年上の私は、なおさらそう思ったのだった。

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