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【短編小説】誰のために生きている?

#短編小説 #一次創作 #性

 いつものようにわたしの部屋で男友達と楽しくお喋りをしていた。わたしは
一人暮らしをしていて男友達はお母さんと同居している。
わたしの名前は工藤紗枝くどうさえ、三十五歳。華奢な体つきで髪色は赤い。職業はわたしの実家の農家の手伝い。毎朝、片道十五分ほど車で走り働く。親と暮らすのは無理、喧嘩になってしまう。今の季節は夏、北海道に住んでいるが暑い。
男友達の名前は大島陸おおしまりく、三十二歳。無職。彼は生まれつき両足がない、なので働けない。でも、元気だ。陸はわたしに気がありそう。彼との出逢いは、以前わたしがヘルパーをしているときに知り合った。最初、両足がないと聞いて、わたしで大丈夫だろうか? と不安があったが、陸は両手で器用に動き回っている姿を見て、「凄い!」と逆に感心した。でも、やはりできないことも多々あり、ヘルパーを辞めたわたしは今でも様子を見に行っている。彼はお母さんがいるが、お母さんは糖尿病を患い、悪化して左足を切断した。なので、自分のことで精いっぱいのようなのでヘルパーに来てもらっている。わたしは、ヘルパーが来ないときだけ行っている。掃除、洗濯、炊事を無償でしてあげている。お金はもらわないけれど、その代わりにたまにお母さんが食事を作って食べさせてくれたりしている。お母さんには義足がある。なので、長時間立つのは辛いががんばって作ってくれている。お母さんの名前は、大島(おおしま)祥子(しょうこ)、六十歳。無理はしないで
下さい、と言うのだがなんせ、負けん気が強い祥子さんだから、過保護はやめて、
と言われる。なので、あまり手を出さないようにしている。
 わたしは一度だけ陸と体の関係を持ったことがある。彼は両足はないけれど男性器はついている。なかったら排尿もできないし。あの頃はがんばっている陸に憧れていたから、体を許した。でも、がんばっているのは今も変わりはないが、あれ以来、体の関係はない。なぜかというと、わたしに好きな人ができたから。元カノとは一年くらい付き合っただろうか。結局、フラれてしまった。なぜかというと、元カノに好きな人ができたから。わたしはレズビアン。元カノはバイセクシャル。なので、好きな男ができたと聞かされた。わたしは独り、悲しみに暮れた。いまでも思い出すと気持ちがブルーになる。別れて一年くらい経つというのに。話すのは女性より男性のほうが気楽なのは間違いない。でも、恋愛感情を抱くのは女性。今から男友達とカラオケに行くかな、と思った。友達の数は女性より男性のほうが多い。わたしの後輩にあたる重村香月しげむらかつきという三十一歳の男性。
 わたしより四つ年下の友人。彼はわたしがレズビアンであることは知っている。以前、わたしさがについてわかってほしくて打ち明けた。でも、香月は差別したり、偏見をもつことはなかったと思う。もし、それらをもっていたら、わたしと交流は持ち続けないだろう。差別や偏見がないことは、非常に嬉しい。自分が否定されていないということだから。香月の性はゲイらしい。わたしが自分の性を打ち明けたときに、彼も打ち明けてくれた。良いタイミングだったのだろう、彼にとっては。でも、香月が言うには誰にでも打ち明けているわけではないという。それはそうだろう、すべての人が理解してくれるわけじゃないから。世の中がだいぶ開けたとはいえ。
 
 香月はゲイの友人がもっとほしいと言っている。心からわかりあえる友達を。
でも、それってなかなか難しいと思う。そういう思いを否定しているわけではないけれど。ゲイに限らず人と知り合うってどうすればいいだろう。インターネットを介して知り合うこともできるし、友だちの紹介や近所の人と交流をもつ場合もあるだろう。彼はどう思っているのかな。それらの話をLINEで送ってみた。すると、約一時間後に返事がきた。
〈知り合う手段はなんでもいいけど、インターネットは怖いかな。殺されるかもしれないし〉
 彼の言い分もわからなくはない。でも、わたしはインターネットに個人を特定して誹謗中傷などを書き込まなければ大丈夫だと思う。無理にさせようとは思ってないけれど。例えば、わたしは手芸が好きで、手袋などを作ったらインターネットに載せている。これは決して悪いことではないし、炎上することもない。オリジナルであれば。さすがに真似をして作った場合はどうだろう。盗作行為になるからまずいのかもしれない。
 
そう考えてみるとわたしもレズビアンの友だちはもっと欲しい。でも、わたしの場合は、恋愛感情を抱いてしまうから友だちとは呼べないかもしれない。それにわたしは相手に依存しやすい。だから下手に手を出すとまずいかもしれない。なので慎重に接しないといけない。もっと気楽に接することができればいいのになぁ。母はわたしがレズビアンだということは知っている。打ち明けたから知っているというのもあるし、わたしが女子に興味があるような態度だったかららしい。それだけでレズビアンだと決めつけるのはどうかと思うけれど。
でも、親がわたしを見る目に間違いなかった。性に関しては。さすが、わたしのことを見抜いている。でも、父は気付いていないと思う。母もバラしていないはずだし。まさか、父は知らない振りをしているわけじゃあるまいし。もし、そうだとしたら最悪だ。インターネットで調べたら、人口が百万人以上のとても大きな都市などが同性婚の対象のようだ。北海道に住んでいるわたしは札幌市に移り住まないと同性婚はできないらしい。今のところ結婚したい相手はいないから焦る必要はない。でも、子どもは欲しい。そのことで悩んでいる。養子を迎え入れるか、里親になるか。ただ、結婚してくれる相手も子どもが欲しいと思っていなければこの話は成立しない。だから難しい。まずは札幌市に引っ越して相手を見付けないといけない。そこまでする必要はあるの? という人はいるかもしれないけれど、年齢も三十五だしそろそろ誰か見つけないと独身のままのような気がして怖い。やはり、パートナーは欲しい。結婚するまえにまずは札幌市で仕事を見付けないといけない。住む場所も。家族や友だちにも伝えないと。理由を訊かれたら何て答えよう。友人には、昔から都会に憧れていた、とでも言えばいいが、家族にはなんて言おう。すこし考えないと。バレないような嘘。親は嘘をつくな、とわたしを躾たが、嘘も方便、という言葉もあるくらいだから言葉の使いかたを間違えなければ大丈夫だろう。今年中には引っ越したい。実家の働き手が一人減るけれど、仕方ないだろう。わたしにはわたしの人生がある。きつい言い方かもしれないが、親のために生きているわけではない。これが正直な気持ち。
 夜になり、わたしはパソコンで札幌市の求人を見た。さすが都会のことだけあってさまざまな求人がある。調理師やスーパーマーケット、コンビニ。医者や看護師に看護助手。介護士。風俗の求人もあった。ホテルマンなども載っている。牧場でも働けるようだ。女性の牧夫って少ないだろうなぁ。体力のいる仕事だろうからわたしには無理だと思う。
 一人暮らしで生活できる職業はといえば、介護士か。働きながら資格をとらせてくれるところならいいなあぁ。よくよく考えてみたら、履歴書も書かないといけない。やることがもりだくさん。貯金はある程度はある。引っ越す時は父に頼んで運んでもらおう。仕事が暇になったら。だから、冬に近い時期になると思う。
 それか、貯金を崩して引っ越し業者に頼むとか。そのどちらかになる。引っ越しするには。
 
 九月に入り、親からも小遣いをもらった。そのとき母に打ち明けた。
「わたし、札幌に住む!」と。
 母は急なわたしの発言に驚いたのだろう。
「え! あんた、何言ってるの。六十を過ぎているお父さんや私を残して札幌に行くってかい! それは見捨てるのと同然だよ!」
 凄い剣幕で言ってきた。でも、わたしも負けずに発言した。
「わたしの性、知ってるでしょ? この辺じゃ見つからないの! でも札幌なら都会だからきっとレズビアンもいると思うの。調べてみたら、人口が百万人を超えるような大きな都市では同性婚も認められているらしいの!」
 母は負けじと言い返してくる。
「あんた! もしかして、同性婚のために札幌に住むの? そんなのだめよ!」
 わたしは同性婚を否定されたようでショックを受けた。でも、言い返した。
「わたしの性はレズビアンなの! 理解してくれてると思ったら違ったのね!」
「そういうわけじゃないけど、同性婚はやめて! 私やお父さんの兄弟になんて説明するの? 自分からレズビアンって暴露してるも同然じゃない!」
「それが理解してない証拠だよ!」
 そう怒鳴ると、母は黙った。そして、こう言った。
「もう好きにしなさい! どうなっても知らないからね!」
 わたしは泣きたくなった。どうしてわかってもらえないのだろう……。誰に言ったら理解してもらえるのかな。やっぱり、同じレズビアンじゃないとだめかな。


 こんなんじゃあ、引っ越しの手伝いをしてもらえそうにない。母なら味方になってくれると思ったのに。レズビアンの話ししなきゃよかった、失敗……。それか男性の香月に手伝ってもらおうかな。彼はゲイだけど、友だちとして関わっているので言うだけ言ってみよう。LINEで伝えることにした。
〈こんばんは! ちょっと頼みたいことがあるんだけど、わたし、札幌に引っ越そうと思うの。それで、手伝ってくれない?〉
 彼からLINEがきたのは翌朝だった。
〈手伝うのはいいけど、何で引っ越すの?〉
〈そのことなんだけど、この辺ってレズビアンがいないと思うの。だから、札幌に行けばいるかな、と思って。札幌なら同性婚もOKみたいだし。わたしもいい年だからそろそろ身を固めたいと思ってね〉
〈なるほどね、わかった。いつ引っ越すの?〉
〈それはまだ未定なの。まず、アパートを見付けて、仕事も見つけてからになるね。でもさあ、気になることがあるの〉
〈なに?〉
〈親に引っ越しの話しをしたら「この年になっていなくなるなんて、見捨てるつもり?」と言われちゃってさあ……〉
〈両親はいくつ?〉
 香月は訊いてきた。
〈六十代だよ〉
〈あ! それならまだ若いじゃん。引っ越すなら今だよ〉
〈だよねえ、わたしもそう思うんだけど、なぜかそこだけ弱気になるの。親がね〉
 少しの沈黙があり、次にLINEのやり取りを始めたのは、香月だった。
〈紗枝がいなくなると寂しいからそう言うのかもよ?〉
 なるほど、と思ったので、
〈確かにそれはあるかもしれない。それに家の農家は家族経営だから、わたしがいなくなるのも困るからというのもあると思う〉
〈なるほどねえ、それでも引っ越すの?〉
〈うん、引っ越す。だって、わたしの人生だもの。こういう言い方は冷たいかもしれないけれど、親のために生きているわけじゃないから〉
 再びやり取りは止まった。そして、次も香月からLINEがきた。
〈別に引っ越しを反対するわけじゃないけれど、そういう事情なら紗枝の両親、かわいそうじゃない?〉
〈香月も親の味方?〉
〈いやいや、そういうわけじゃないけれど、ちょっとそう感じたからさ。手伝いはするよ〉
〈わかった、よろしくね!〉
 母とのいざこざのあと、わたしとはぎくしゃくしている。父はそれに気付いたのか、「お前ら、なんか様子がおかしいぞ、喧嘩でもしたのか?」
 喧嘩という喧嘩ではないが、父の言っていることは図星だった。さすがは父。
一家の大黒柱だけのことがある。察しがつく。母は言った。
「紗枝が札幌に引っ越すっていうのよ、お父さん、どう思います?」
 父は茶碗を左手で持ち、食べながら言った。
「どうして札幌に行くんだ?」
 わたしは言葉に詰まった。
「なんか理由があるんだろ?」
 レズビアンの話は今はできない。ちなみに打ち明けたら父はどういう反応を示すだろう? わたしは母を睨んだ。父に言うなよ、という意味。きっと、母と同様、反対するだろう。
「前から札幌に住みたかったの。都会に憧れていてね」
 嘘をついたからか、今度は母がわたしを睨んだ。構うことはない。理解のない親が悪いのだ。わたしだって本当は……本当は男性に恋心を抱きたかった。でも、現実は違う。レズビアンという性で産まれてきたのだ。仕方のないこと。それを否定するということは、わたし自身を否定しているということ。そんな悲しい話し、受け止めたくない。そう言うと、父はこう言った。
「まあ、若い内は都会に憧れるものだよな」
「そう! それなの!」
 嘘を貫き通せば真実になる、という話しを聞いたことがある。まさにそれだ。わたしは嘘つき。それでも良い。自分のためになるのなら。極論、誰のために
生きているか? という問いはすでに答えは出ている。言うまでもない。でも、
考えようによっては、彼氏や旦那、子どものために生きている、という人もいる
かもしれない。聞いた話しだと、子どものためなら死ねる、という人もいる。こ
れは女性特有の気持ちかもしれない。お腹を痛めた我が子を死に者狂いで出産
するのだから。それに女性は痛みに強いという。だから、出産もできるのかなと
思う。果たして男性はそういう思いをもてるだろうか。まあ、何にせよわたしが
出産することはない。愛しい女性と二人で暮らしていくのが今の希望。
 
 
 実家の農家の忙しい時期も過ぎ、今は十一月末。ミニトマトやお米の収穫も終
え引っ越しの準備を始めた。大きい荷物は業者に頼むことにして、細かい雑貨などは香月の乗用車で運ぶことになった。引っ越しが終わったら香月にお礼し
なきゃ。それか父は四トントラックで運んでくれるだろうか。レズビアンの話は
母もしていないみたいだし。それなら、業者への支払いも浮く。父への札幌に引
越す理由は、嘘のままでいい。何でもかんでも正直に話せばいいというわけでは
ないと思う。父に頼んでみよう。父は居間でパソコンを打っていた。きっと、売
上の計算をエクセルでしているのかもしれない。
「お父さん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「なんだ? ちょっと待て。今、計算中だ」
「急いでないから大丈夫だよ」
「そうか、もう少しだ」
 約三十分後。
「終わったぞ、なんだ?」
 父は仕事を終えてスッキリした顔付き。
「わたし、札幌に引っ越したいの。それで、引っ越しの荷物をトラックで運んで
欲しいなあと思って」
「そんなに札幌がいいのか。一人暮らし、できるのか?」
「働いて生活する」
 父はわたしの顔を一瞥してこう言った。
「おまえ、高校卒業してからずっと家の手伝いで社会に出て働いてないから上
手くいくかそこが心配なんだ。きっと、母さんも同じことを思うぞ」
 わたしは図星なので返す言葉が見つからないので黙っていた。そしてわたし
しはこう言った。「やるまえから諦めるのは嫌だな」父は気まずい表情になった。わたしの言うことも一理あるからだろう。父は母を呼んだ。「母さん!」台所
のほうから返事がきた。「なーに!?」ちょっと、苛ついたような声に聞こえた。
「ちょっと、来てくれ!」
「どうしたの!?」
「紗枝と話してくれ!」
 わたしは母になにを言われるか不安になった。口では母に勝てないから。でも、
父は優しいからなのか、すぐに折れてくれる。
「紗枝! どうしたの?」
「わたしはただ、やるまえから諦めたくないって言ったの。札幌で一人暮らしの
件ね。
「うーん、確かにそうだけど親の立場としては心配なもんよ」
「まあ、そうかもしれないけどさ。でも、わたしはもう子どもじゃないんだから、
好きなようにさせて欲しい」
 母は難しい表情で言った。
「仕方ないわね。むかしからあんたは一度やると決めたら譲らない子だったか
ら」
「あと、友だちにも手伝ってもらうよ」
母にそう言った。
「友達? 悪いじゃない」
「いや、大丈夫。快く引き受けてくれたから」
「そう。ならいいけれど」
まずは、札幌の不動産屋に行ってアパートを見付ける。それから職探し。とりあえずはそこから始める。上手くいくはず。ある程度の自信はある。札幌に何度も香月と遊びに行っているから。方向音痴でもないし。わたしの第二の人生が始まろうとしている。ワクワクするし、新しい生活が始まるので楽しみ。がんばろうと思う。
 
                              終

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