見出し画像

僕達の事情

#いじめ #脳梗塞 #じいちゃん #ばあちゃん

 僕は苛めにあっている。お父さんに話すと、そんな奴らに負けるな! と応援してくれる。
僕としてはお父さんに先生と話し合って欲しいと思っている。そのことはまだ伝えていない。お父さん、先生と話し合ってくれるかなぁ。
 ちなみにお母さんは僕が小さい頃、離婚したらしい。僕は今、小学校6年生で最近、離婚したという話しを聞いた。それまでは、病気で遠くの病院に入院しているよ、と聞かされていた。でも、その話は嘘で僕が物事の分別がつく最近になってから明かされた。お母さんは生きている、そう思った。てっきり病死したかと思っていた。僕はお父さんに言った。お母さんに会いたい、と。すると途端にお父さんの顔が阿修羅のようになった。阿修羅は学校で習って知っている。僕は怖くなり泣きだした。お父さんはこう言った。
「泣くな! 2度とお母さんの話しをするな!」
 と怒鳴られた。
「なんで……なんでお母さんのお話しをしちゃいけないの……」
 お父さんは続けざまに言った。
「お前のお母さんはお父さんを裏切ったんだ!」
 僕はどういうことかと思い、考えた。離婚と関係があるのかな。お父さんにそう言ってみると、
「そうだ、あいつはお父さん以外の男性を好きになって出て行ったんだ。それくらいのことはお前も6年生になるんだからわかるだろ? 来年は中学生だ。お父さんから言えることは本を読め。小説でも、エッセイでも読む気になった本を読むんだ。でも漫画は読むなとは言わないが、あまりお前のためにはならんぞ」
 今の僕にはお父さんの話しが難しいと感じた。なので、
「教科書でもいい?」
 と訊いてみた。お父さんは、
「もちろんだ。あと、図書館に行ってもいいぞ。あそこはいろんな本がたくさんあるから。お金もかからないし」
「あ、図書館! いいね」
「今日はもう夕ご飯の時間だから、明日行ってこい」
「うん、それとお父さんにして欲しいことがあるんだけどいい?」
「なんだ?」
「いじめの話しだけど、お父さんが先生と話し合って欲しいんだけど」
「ああ、そうだな。でも、いじめられる側にも問題はあるんだぞ。何がいけなかったか自分なりに考えてみなさい」
 僕はなにかいけないことしたかな。考えてみた。調子に乗って友達を叩いたりしたことはあるけれど、友達は笑っていたから怒ってないと思うし。僕もふざけて叩かれたけれど、腹はたたなかった。じゃあ、何で複数の同級生から苛められるんだ、意味がわからない。僕がどれだけ辛い思いをしているか苛めてくる奴らにはわからないだろう。殴られたり、蹴られたり、ビンタをされるとか。あと文句を言われたり陰口を聞こえるように言われたり、とにかく酷かった。あと、上靴に画鋲を入れられて刺さって出血したりとか。悔しくて泣いた日もあった。そういうことをする奴は把握してある。だから名前を紙に書いて担任の先生に渡して説教してもらいたい。中学生になってもきっとそいつらとは同じ学校だと思うから今から手を打っておかないと、中学生になって三年間もいじめは受けたくないから。普通にしているけれど、僕の心はズタズタになっている。たまに死にたくなる時もある。学校にも行きたくない時も頻繁にある。眠れない夜も増えてきた。何で僕なんだろうと思う時がある。嫌な思いを頻繁にしているせいか、考える時も増えた。この前思ったのは、
「何で僕なんだろう」
 と思ったけれど、
「じゃあ、他の人ならいいのか」
 そう考えた。考え過ぎのような気がする。僕が苛められる側で僕の方にも問題があるとお父さんは言っていた。でも、思いつかない。一方的に、理不尽に苛められていると思う。そう思ったのでそのままお父さんに伝えた。すると、
「そうか、お前なりに考えて思いつかないようなら、担任の先生と話してやるよ。学校の電話番号わかるか?」
「いや、わからない」
 チッとお父さんは舌打ちをした。怖い。でも、黙っていた。文句を言ったら倍になって怒られると思うから。
「しゃーない。検索して調べるか。可愛い息子のためだからな」
 そう言われて嬉しかった。
 お父さんはスマホを耳に当て、小学校に電話をかけた。呼び出し音が聴こえてくる。
「もしもし」
 どうやら繋がったようだ。
『はい、〇□小学校の兼田かねだです』
 お父さんは上を向いて話した。
「あのー、こちら〇□小学校に通う山形大輔やまがただいすけの父親なんですが」
「はい」
『下山先生はいますか?』
『あ、今、授業中でして。折り返し掛けさせて欲しいのですがよろしいですか?』
「ああ、いいよ」
 そう言ってお父さんは自分のスマホの電話番号を伝えた。
『わかりました。電話させますので』
「よろしく。因みに何時頃になるの?」
『九時三十分以降になりますね』
「わかった、待ってるよ」
『はい』

 電話は一旦切った。

「先生なんて言うだろね」
「話し合いもしないような教師なら先生とは呼べん」
 確かにそうだと思う。先生、驚くだろうなぁ。僕が苛めにあってるって聞いたら。

 そして1時間目が終わる9時30分が過ぎた。電話はまだこない。
「何で連絡ないんだ」
 お父さんはイライラしている模様。
「休憩時間は何時までだ?」
 そう訊くので答えた。
「9時45分までだよ」
「なんだ、あと5分しかないじゃないか! さっきの先生、下山先生に言ってくれたのかな」
 僕はわからないので黙っていた。

 お父さんは昼休みに連絡くるかもしれないからそれまで待つか、と言うのでそうすることにした。僕はもうあいつらには会いたくない。顔を見るのも嫌だ。怖い。それをお父さんに言った。すると、
「中学になっても同じ学校かもな」
 まさしくそれだ。それが一番気になる。でも、義務教育だから学校を辞めることはできない。高校なら別だけれど。
「そのことも含めて先生に相談するよ」
「うん、お願い」

 時刻は昼の12時30分頃。電話は未だにこない。なぜだ。お父さんは言った。
「もう一度電話するわ」
 僕は、しつこくないかな、大丈夫かな? と思った。でも、それをお父さんには言わなかった。

 電話の呼び出し音が数回鳴って繋がった。
『もしもし、〇□小学校です』
「あのう、午前中電話した山形大輔の父ですが」
『はい』
 電話に出た先生はあっけらかんとした返事だ。
「息子の苛めのことで話すことになっているんだけど、下山先生から連絡来ないんだけどどうなってるの?」
『そうだったんですね、今、確認してみますので少しお待ち下さい』
 お父さんは明らかに苛ついている。

 5分程経過してようやくお父さんは喋り出した。
『もしもし、大変お待たせしました。下山はですね、午前中で帰ったみたいです』
「めっちゃ待たせた上に、いないだと? ふざけるな!」
『申し訳ございません!』
「下山先生の電話番号教えてくれ」
『あの、それはちょっと出来ないんですよ』
「なんなんだ! お前ら! じゃあ、明日は下山先生いるのか?」
 お父さんは激怒している、怖い。
『下山先生は今、父親が危篤なものでいつとは言えないんですよ』
 チッとお父さんは舌打ちした。
「仕方ねえなぁ、わかったよ。また、電話するわ。因みに息子は苛めを受けるから休ませるからな。下山先生と話し合って何か良い案がでたら行かせるからよ」
『とりあえず、わかりました。下山が出て来たら伝えておきますね』
「まあ、期待はしてないけどな。どうせ忘れてるんだろ」
 相手は黙っていた。図星なんだろう。

 翌日、僕は昨日お父さんに言われた通り図書館に行った。時刻は9時半頃。お父さんは既に仕事に行っていない。自転車でここまで来た。

 何を借りようかな。図鑑がいいかも。虫や動物の。それと、絵本も借りよう。本を入れる袋を忘れてしまった。どうしよう。図書館の人、貸してくれないかな。あっ、でも、自転車のかごに入れて帰ればいいか。そうしよう。

 帰ろうとして図書館の出口に行くと、階段を上ってくる靴の音がした。誰だろうと思いながら歩いて行くと、僕を苛めている奴ら2人と出くわした。嫌な予感。
「お! 何だお前! こんなところにいたのか! 何で学校にこないんだよ!」
 僕はビビってしまっておしっこを漏らしてしまった。そのことをバレたくなくて走って2人の間を通り抜けようとしたら、奴らの出した足にひっかかってしまい転んだ。
「ギャハハッ! 何やってるんだお前! どんくさいやつだな」
 2人の悪ガキは指をさして笑っている。しかも、転んだ拍子に股が見えてしまい、漏らしたところを見られてしまった。
「お前! 赤ちゃんかよ! 小便漏らしてやがる!」
 またもや、
「ギャハハ!」
と盛大に笑われた。
 僕は何も言わずに自転車にのり、かごに借りた本を入れ、帰った。図書館から帰る途中、悔しくて思わず泣いてしまった。

 僕は涙を流しながら思った。これじゃあ、どこにも行けないじゃないか……。畜生……! 嫌な奴らに目を付けられたものだ。

 家に着いた頃には、涙は止まっていた。でも、悔しさだけが残っていた。

 時刻は午後6時半頃。僕はお父さんを待っていた。今日あったことを話したいから。
 それから数十分後、電話がなった。電話と言ってもスマホじゃなく、固定電話だ。
「もしもし」
『大輔か、今日、会社のやつらと呑みに行くから冷蔵庫に入ってあるものを適当に食っててくれ』
「わかった、聞いて欲しいことあったんだけどね」
『明日にしてくれ。悪いな』
 僕は悲しくなってきて胸がもやもやする。寂しい。こんな時、お母さんがいてくれたら、僕の話を聞いてくれたかな。お母さんに会いたい。僕はまた泣きだしてしまった。

 僕はふと、思った。おじいちゃんやおばあちゃんや兄妹はいないのかな。友達の和樹かずきくんの家に行った時、おじいちゃんやおばあちゃん、妹もいたのに。何で僕にはいないのかな。和樹くんからは苛められていない。仲の良い友達。
 もしかして、一緒に住んでないだけで、別なところに住んでいるかもしれない。お父さんに訊いてみよう。怒られないと思うけれど。

 時刻は午後9時を回った頃で寝る時間。お風呂に入っていない、どうしよう。自分で沸かして入ろうかな。でも、どうやって沸かすのかな。お父さんはいつもどうしてるんだろう。いいや、歯磨きしよう。その後、家の玄関の鍵を閉めた。お父さんは家の鍵を持っているはず。

 さあ、寝よう。寝室に行っていつものように布団は引きっぱなし。自分の布団を直して布団に入った。数分で寝入った。
 少ししてガチャガチャという音と共に、お父さんの大きな声で起きた。
「大輔! 寝たのか!」
 僕はびっくりして起きた。
「お父さん?」
 僕は居間に行くと顔に傷があり、ワイシャツが開いていて、ズボンは汚れていた。
「どうしたの? お父さん、怪我してるよ。スーツも汚れてるし」
「若い奴らと喧嘩になってしまってな」
「えー! 大丈夫?」
「大丈夫だ。風呂に入ったのか?」
「お風呂の沸かし方がわからないから入ってないよ」
「そうか、俺が沸かすか」
 お父さんは酒臭かった。お酒呑んで運転したのかな。運良く警察に捕まらなかったみたいで良かった。

 僕は再び布団に入った。でも、なかなか眠れないので起きて居間に行った。お父さんは、別室で着替えていて、独り言を言っている。
「クソッたれ! あのガキ共ら! 今度会ったら八つ裂きにしてやる!」
 怒ってる、怖い。

 お父さんに訊きたいことがあるけど訊いて大丈夫かなぁ。お母さんの話をした時みたいに怒られないかなぁ。もしかしたら、兄妹の話をしたらまずいかも。僕の兄妹がお母さんと暮らしていたら、と考えたらまずいかなぁ。でも、じいちゃんとばあちゃんがどこにいるかという話しはしても怒らないだろう。
「ねえねえ、お父さん」
「なんだ?」
「僕のじいちゃんと、ばあちゃんはどこにいるの?」
「何でそんなことを訊くんだ」
「会いたいから」
 お父さんは何やら考えているようだ。
「俺の両親になら会わせてやる。ただし! お前のお母さんの両親に会うことは許さん!」
「う、うん。わかった」
 お父さんの迫力に思わずビビッてしまった。
 兄妹のことも思い切って訊いてみた。
「それと、僕に兄妹っていないの?」
「いるぞ。妹がな。だが、お母さんと暮らしてる。ていうか、ずいぶんと家族関係についてこだわって訊いてくるんだな。どうしたんだ?」
「いや、思いついたから」
 端的にそう言うと、お父さんは笑っていた。

 お父さんに訊いた。いつ、じいちゃんとばあちゃんに会わせてもらえるのかを。すると、
「暇だろうけど一応電話して行くから」
「うん」
 お父さんはスマホを弄り始めた。じいちゃんの名前は、
山形作二やまがたさくじといい、ばあちゃんは、
|山形つつじ、という。お父さんは電話をかけた。2人は動きが鈍いから、根気強く呼び出さないといけない。10回くらい鳴らしただろうか。電話は繋がった様子。
「もしもし、じいさんか? 俺だ」
『おお、お前か。どうしたんだ? 珍しいじゃないか、電話してくるなんて』
「大輔がじいさん、ばあさんに会いたいって言うから今週の日曜日行くから」
『そうかそうか、わかったよ。わしらもちょうどその話しをしていたんだ』
「そうなのか。午後1時過ぎに行くから」
 そう言って、電話を切った。

 今日は金曜日、明後日じいちゃん、ばあちゃんと会える。嬉しい。楽しみ!

 お父さんは土木作業員だから、土曜日も仕事。だから、出かけるのは日曜日になった。僕としては、今すぐにでも会いたい気分。でも、そういう訳にはいかない。家も知らないし。

 土曜日の夜、僕は朝、お父さんが作ってくれた夕ご飯の時食べるおかずを冷蔵庫から出し、電子レンジで温め、食べた。おかずのメニューは焼き魚と味噌汁とご飯。今日もお父さんはお友達と仕事帰りにお酒を呑みにいくらしい。正直、寂しい。僕にはお友達と言えるような人もいないし。でも、最近会っていないけれど、幼馴染ならいる。末田京子すえたきょうこちゃんと言って、僕より1歳下の小学5年生。お話ししたいなぁ、でも、もう夕方の6時を過ぎちゃった。もう遅いと思う。電話をしても多分、京子ちゃんにつないでもらえないと思う。

 夕ご飯を食べた後、僕は眠くなってきた。夕食をとったからだろう。まだ寝るには早いから白いソファに横になった。テレビはつけていて、歌番組が放送されていた。
 目覚めたのは夜中の11時30分ころだった。寒くて目覚めた。今はまだ春だから、寒い日もある。ましてや夜だし。寝室に行ってみると、お父さんはまだ帰っていないみたいだ。僕はお父さんと並んでベッドに寝ている。眠いからこのまま寝よう。その時だ、家のチャイムが鳴った。インターホンを見てみるとお父さんともう1人、女の人かな? 立っていた。玄関に行き、
「はーい!」
 と叫んだ。
「俺だ、開けてくれ」
 ガチャリと音をたてながらドアの鍵を開け、開いた。
 
 その女の人はまだ若いと思う。お父さんに紹介された。
小池美奈子こいけみなこさんだ。お父さんの友達。んで、こいつが俺の息子の大輔だ」
「こんばんは! 大輔君」
 僕は眠かったので、
「こんばんは」
 としどろもどろになって言った。
「大輔、眠いんだろ。寝ていいぞ。俺はまだ起きてるから」
 僕は何も言わずに寝室に戻って横になった。誰なんだろう? 友達と言っていたけど恋人だったりして」
「お邪魔します」
 と美奈子さんと言う女の人の声が聞えた。甘えたような口調に聞こえたのは気のせいかな。
 お父さんは美奈子さんに言った。
「泊まっていけよ、明日は仕事休みだし」
「でも、お子さんがいるし……まずいですよ」
「大丈夫だ、あいつはもう寝てるから」
「何だか悪いですね」
「気にするな」

 僕は眠れないまま、2人の話を聞いていた。何をしているんだろう? 女の人の声が聞える。起きてチラッと居間を見てみると、女の人は服を脱いでいて、お父さんとくっついてる。
 僕は見てはいけないものを見たような気がして、すぐにベッドに潜りこんだ。僕は思った。お母さんともああいうことをしたのかな。

 いつの間にか眠っていた。目覚めたのは、朝6時45分頃。今日は、じいちゃん、ばあちゃんの家に行く予定だ。楽しみ! 居間をチラッと見ると美奈子さんは服を着てお父さんとは少し離れて眠っていた。お父さんは、既に起きていて朝ご飯を作っていた。僕は居間に行った。
「おはよう」
 眠い目を擦りながら挨拶をした。
「おお、大輔おはよう。早いじゃないか」
「何でか知らないけど目が覚めちゃった。今日、じいちゃんと、ばあちゃんの家には何時頃行くの?」
「昼の1時過ぎには行くぞ」
「美奈子さんは何時までいるの?」
「こら! そんなこと訊くな! 聞こえるだろ」
 お父さんは女性の様子を窺っていた。僕も見てみると、まだ眠っている。
「朝ご飯できたぞ」
「お父さんは美奈子さんに近付いて起こした。おい、美奈子。朝ご飯食べて行け。作ったから」
 女性はパチッと目を開け、
「あ! ごめんなさい。自分の部屋だと思って寝てた」
 言いながら慌てた様子で起きた。

「朝食までいただいちゃっていいの?」
「ああ、いいんだ。遠慮するな」
 僕は既に食べ始めていた。お父さんはトレーにご飯と、ウインナーと卵焼きを載せて居間のテーブルに置いた。僕は女性とは初対面だ。だから、ちらちら様子を窺っていた。お父さんは美奈子さんがここに来る時、僕がいることを前もって話してあったのだろうか。挨拶もしてくれないし、何か、感じ悪い。僕は朝食をとったあと、自分の部屋に行ってテレビをつけた。じいちゃん、ばあちゃんの家に行くまで部屋にいよう。

 時刻は午前9時。お父さんが2階にいる僕を呼んだ。
「大輔! ちょっと出かけてくるからな!」
「はーい!」
 僕も叫んだ。どこに行くのだろう、買い物かな。初めてこの家に来て、図々しく泊まっていったあの女性、美奈子さん。お父さんのことが好きなんじゃないだろうか。もしかしたら、お父さんも美奈子さんのことが好きなのかもしれない。

 約1時間後の午前10時頃。玄関のドアが開く音が聞えた。家の中に入って来たのはお父さんだけだった。僕は買ってもらったゲーム機で遊んでいた。
「お父さん、買い物に行って来たんだね。美奈子さんは帰ったの?」
「ああ、アパートまで送った」
 僕はゲームを中断して、
「僕、美奈子さんの印象悪い」
 そう言うと、
「何でだ? 優しい女性だぞ」
「朝、起きても挨拶すらしてくれないし。なんか嫌だ」
「そう言うなよ。せっかくできた俺の彼女なんだから」
「やっぱり、そういう関係なんだね。ピンときたよ」
「まあ、そうだろうな」
 言いながら笑っていた。でも、僕の中では笑いごとではない。
「結婚するだなんて言わないでよ」
「今のところは考えていないよ」
「じゃあ、将来的にはする予定なの?」
「まだ、わからん。付き合ったばかりだし。途中で別れるかもしれないし。何にせよ、大輔が成人するまでは結婚は考えてない」
「そうなんだ」
 美奈子さんのことを「お母さん」だなんて呼びたくない。お母さんは一緒に暮らしてはいないけれど、僕を産んでくれた人がお母さん。

 買い物に行って来たお父さんは、僕にチョコレートを買ってきてくれた。
「食え」
「ありがとう」
 僕は甘い物が大好き。だからぶくぶくと太るのだろうけれど。まあ、いいや。お父さんは、
「じいさん、ばあさんのところには昼ご飯を食べたらすぐ行くぞ。なんせ、車で1時間くらいかかるから」
 その時だ。お父さんのスマホが鳴った。お父さんは「誰だ?」と言いながら画面を見た。すると、
「ばあさんか、どうしたんだ」
 言いつつ、電話に出た。
「もしもし、ばあさん。どうした?」
『じいさんが、さっき倒れちゃって救急車で運ばれたのよ。だから早めに来れない?』
「マジか! それなら今から行くから!」
『総合病院にいるから』
「わかった」
 そう言って電話を早々に切り、僕に言った。
「じいさんが倒れたみたいなんだ。だから今から行くぞ」
「ええ! じいちゃん、大丈夫なの!? 死んじゃったりしないよね」
 僕は不安で不安で堪らなかった。
「大丈夫だ! とにかく行くぞ」
「うん!」

 総合病院に着いたのは昼の12時近くだった。お父さんは受付に向かったので僕も付いていった。お父さんは受付にいる男の人に話しかけた。
「あの、さっき救急車で運ばれた山形作二やまがたさくじの息子なんですが、父は今どこにいますか?」
 その受付の男性は短髪で背が高く、痩せていた。切れ長の目をしている。
「今、MRI検査をしています。病室に移ったらお呼びしますので待合室でお待ち下さい」
「わかりました」

修平しゅうへい
 お父さんが呼ばれた。
「あ、ばあさん。じいさん大丈夫なのか?」
「本人が言うには、目の焦点が合わなかったり、物が二重・三重になって見えると言っていたのさ。きっとそれが前兆だったのかもしれん」
「そうなのか、手術はするのか?」
「うん、これからするみたいだわ。緊急で」
 僕は不意に寂しくなった。じいちゃんに会えないかもしれないと思うといたたまれなくなった。

 手術は3時間ほどで終わった。医師が言うには、
「一応、成功しましたが後遺症が残ると思います」
 僕は助かっただけでもよかったと思った。後遺症はリハビリしたらよくならないのかな、そこはわからないけれど。じいちゃんはもう80歳をすぎているだろう。なんとかがんばって生きていてほしい。
 医者が更に言うには、
「麻酔が切れたら自然と目覚めると思いますので、その時は連絡しますね。どちらに連絡したらいいですか?」
「ばあさんのところでいいか? 俺は仕事もあるから電話に出れないかもしれないから」
 ばあちゃんは、
「ああ、いいよ」
「では、連絡先を教えて下さい。連絡したら来ていただくというかたちでいいですか?」
「それでいいです」
「では、一旦帰宅されても構いませんよ」
 じいちゃんが助かったからか、ばあちゃんの表情からは安堵の表情が見える。僕は声をかけた。
「ばあちゃん、じいちゃんが助かってよかったね!」
 すると笑みをみせて、
「そうだねえ、ありがとう。大輔」
「じいちゃんともお話ししたい」
「じいさんが元気になったら、たくさん話してやっておくれ」
「うん!」
 話してから、ばあちゃんは女性看護師に渡された紙とペンで連絡先と名前を書いた。

 僕は大切なことを忘れていた。苛め問題。あとでお父さんと2人になった
時に話そう。
「じゃあ、一旦病院を出よう。とりあえず、ばあさんの家で待機してようか。電話がくるまで」
「うん、その方がいいわ」
 ばあさんがそう言った。
「じゃあ、行くか。では、よろしくお願いします」
 お父さんは主治医に頭を下げて、先に歩き出した。ばあちゃんも頭を下げて歩き出した。僕は大人の真似をして頭を下げてから歩いた。

 数時間後ーー。
 ばあちゃんの家の電話が鳴った。僕はテレビを観ていた。お父さんは、
「病院からかな?」
 と言った。ばあちゃんが電話にでた。
「はい、山形です。はい、はい、わかりました。ありがとうございます」
 話し終えて電話を切った。そして、喋り始めた。
「じいさん、目を覚ましたって」
 時刻は午後5時頃だ。僕は、
「お腹すいた」
 と言うと、
「もう少し我慢しろ。じいさんのところから戻って来たら、弁当でも買うから」
 するとばあちゃんが話しに入って来た。
「夕食なら家で食べていけばいい、帰ったら作るから」
 僕は、
「やったー!」
 と声を張り上げた。ばあちゃんは、
「大したものは作れないけどな」
 と言うがお父さんは、
「いや、何でもいいんだ。大輔もそんな贅沢な子じゃないし」
 ばあちゃんにそう伝えた。

 じいちゃんのところには1時間くらいいたかな。なんか、喋り方が変だった。でも、笑顔を浮かべてじいちゃんは僕の頭を撫でてくれたので嬉しかった。じいちゃんとは主にお父さんが話した。後遺症があると思うのでリハビリをしないといけないことなどを話した。病院代はばあちゃんが貯蓄していたらしく、それにプラス足りない分はお父さんが払うと言っていた。

 ばあちゃんの家に戻って来て、
「さあ、夕飯の支度するかい」
 そこにお父さんがばあちゃんに声をかけた。
「ばあさん、大丈夫か? 疲れてないか?」
 ばあちゃんはそれに答えた。
「そんなこと言ったって、腹減ってるから作るしかないべ」
「悪いな」
「いやあ、なんも謝ることはないよ。大輔や修平もわざわざ来てくれたんだし」
「それはわざわざじゃないよ。自分の親が倒れたっていうのに放っておけないだろ」
 お父さんは真剣な顔をして言った。
「まあね、それはそうだけどさ。ああ、大輔。テレビでも観てなさい。大人の話を聞いていても楽しくないだろ」

 僕は黒いテーブルの上に上がっているリモコンでテレビの電源をいれた。そして観たことのないアニメを観ていた。F1がテーマのようだ。新聞を観てみると再放送のようだった。1時間くらいお父さんとばあちゃんは話していただろうか。お父さんは言った。
「大輔、そろそろ帰るぞ」
 ばあちゃんは、
「何も、もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いや、風呂も入ってビール呑みたいし」
 そう言うとばあちゃんは笑った。
「修平の明日の活力だね」
「それと、大輔も宿題残ってるだろうし、そうなんだろ?」
 お父さんは僕に話しを振った。
「まあ、あるよ」
 更にお父さんは、
「何だ、やりたくなさそうだな」
 と追い打ちをかけるように言った。宿題が好きなやつはいないと思う。なので黙っていた。父さんは立ち上がり、
「さあ、行くぞ」
 と僕に声をかけた。
「うん」
 返事をした。僕も立ち上がり、ばあちゃんに言った。
「ばあちゃん、またね」
 ばあちゃんは笑顔で、
「はいよ、またね!」
 嬉しそうだ。

 帰りの車の中で僕の苛めの話しをした。
「ああ、いろいろ忙しくて忘れてた。明日は学校に行く気はあるのか?」
「ないよ、お父さんが下山先生と話し合ってからにする。その時、紙に僕を苛めてくるやつの名前書くから先生に見せて欲しい」
「わかったよ」

 翌日の月曜日の昼休みに、お父さんは下山先生と会う約束をしたらしい。僕の家に明日の午後6時頃来てくれるようだ。僕は早速紙に書くために自分の部屋に行き、書いた。矢代大樹やしろたいき
前島登まえじまのぼる佐藤友恵さとうともえ。この3名。お父さんに見せると、
「何だ、女の子にも苛められているのか」
「うん、僕より体が大きいんだ」
 お父さんは言った。
「まあ、小学生の内は女の子の方が強い場合もあるからな」
「そうだね」

 次の日の午後5時半頃。玄関が開く音がした。お父さんかな、と思いながらアニメを観ていた。すると、
「オスッ! という声がした」
 お父さんだ。僕も、
「オスッ」
 と言った。
「今日、下山先生来るな。夕食作る時間がないから弁当買って来たぞ」
「そうなんだ」
「カツ丼とお茶な」
「うん」
 それを電子レンジで温めた。その間お父さんはシャワーを浴びていた。
 午後6時になったがまだ、下山先生は来ない。ご飯食べてからくるのかな、と思いながら僕はテレビを観ながらお父さんと待った。しかし、午後6時半になっても姿を現さない。なぜだ、忘れているのか? それともまだ学校で仕事をしているのか。お父さんは苛々している様子で、学校に電話してみるわ。スマホを手に取り小学校に電話をかけた。数回、呼び出し音が鳴り、繋がったようだ。
「もしもし、山形ですが下山先生いる?」
 少し間があり、
『あ、わたしが下山ですが』
「下山先生、昨日6時に来るって言ってたけど来れないの?」
『すみません。テストの採点していました。19時までには行けます。申しわけございません』
「全く、約束守れよ」
 そう言って、電話を切った。

 19時より10分程過ぎて家のチャイムが鳴った。お父さんが玄関に行き、
「はい」
 と、低音の声で返事をした。
「下山ですが」
 お父さんがドアを開ける音が聴こえた。
「7時過ぎてるぞ」
「すみません」
 下山先生は平謝りだ。
「まあ、入ってくれ」
「はい、お邪魔します」
 下山先生を白いソファに座るよう、お父さんが促した。
「遅くなってすみません」
 下川先生は申し訳なさそうに俯いていた。
「まあ、それは仕方ないとして、この紙を見てくれ。息子が書いた苛めてくる奴らの名前だ」
「これは貴重な情報をありがとうございます」
「そこに書いてある奴を説教してくれ!」
「わかりました。すぐに変化があるかはわかりませんが、注意はしておきます」
「よろしく頼むよ! 下山先生!」
「はい、わかりました!」
「とりあえず、明日は休ませるから。そいつらの反応を教えてくれ。反省の色が見えたら謝るように言ってくれ。登校はそれからだ」
「そうですか、わかりました」

 翌日の午後6時半になりお父さんのスマホが鳴った。でも、お父さんはシャワーを浴びている。なので、着信は途中で止まった。浴室にいるお父さんにそのことを伝えると、
「上がったらかけ直すからテーブルの上に置いといてくれ」
 と言われたので置いといた。

 30分くらいしてお父さんは風呂から上がってきた。下着姿で居間に現れ、スマホを確認した。
「学校からだな、下山先生からだろう」
 すぐに電話をかけた。暫く呼び出し音を鳴らした後、繋がった。
「もしもし、さっき電話をもらった山形だけど下山先生はいる?」
『はい、少しお待ち下さい』
 電話に出たのは若い女性の声だった。電話はすぐに代わった。
『もしもし、下山です』
「どうも、山形です。どうでした?」
『はい、3人は叱ると驚いた様子で反省している様子でした。泣いている子もいました』
「そうなんだ、それなら息子を学校に行かせられるな」
『はい、もうしません、と言っていましたから』
「なるほど、わかった。じゃあ、息子に伝えておくわ」
『はい、よろしくお願いします』

 お父さんは僕に電話の内容を教えてくれた。僕はそれなら一安心、と思い「明日から学校に行くよ、お父さん!」
「その意気だ! 頑張れよ!」
「うん!」

 こうして一安心して学校に行く気になって僕は凄く嬉しかった。友達にも会えるし、学校で勉強もできる。
 じいちゃんのことは心配だけれど、多分大丈夫だと思う。長生きしてほしい、じいちゃん、ばあちゃんには。

                                 了



 

  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?