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夢の邪魔をする病

#短編小説 #一次創作 #夢 #病

 僕には夢がある。それは、小説家になって、印税生活をすること。別に楽をして生活をしたいわけじゃない。決して怠けているわけでもない。ただ、単に好きなことをして、それを仕事にし たいだけだ。

 毎年、出版社に小説を応募しているがなかなか上手くいかない。どうしたら、選考に残れるのだろう。上には上がいる、ということはわかっている。言われるまでもない。

 小説を書き始めた頃は、小説の書き方入門というような本を読んだ。あれから5年。未だデビューできずにいる。

 心が折れそうになり、趣味でもいいか、と思ったこともある。でも、やはり小説執筆を生業なりわいにしたい気持ちが沸々と湧いてくる。

 僕は高校1年生の時に、ある小説家の作品を読み、衝撃を受けた。僕もこういう作品を書きたいと。なので、大学も小説執筆に関係があるような勉強をした。

 今は27歳、実家暮らしで、コンビニでアルバイトをしている。1日5時間勤務を週に5日こなしている。

 家には食費代を入れている。親に入れなさいと言われて、渋々と。

 僕の名前は工藤康孝くどうやすたかという。だいぶ良くなってはきているが、心の病を抱えている。だから、あまり無理はできない。症状は、誰もいない場所で人の声が聞こえたり、被害的な妄想をしてみたり、この世のものとは思えないものが見えたりする。

 病院には行っていない。母親に言っても、病院に行くか行かないかは、あんた次第よ、と言われる。父親は病院に行け、と言う。最近に至っては、具合い悪い日も増えてきて、小説執筆が辛く感じることもある。
おのずとアルバイトも休む日が増えてきた。山谷やまや店長に、
「調子悪いのか、どういうふうに悪いんだ?」
 と訊かれて、症状を話すと、
「それは、病気だろ。まさか、霊の仕業とか考えてないだろうな? それは違うぞ。俺の息子も同じような症状でこの前、入院したからわかるんだ」

 山谷店長は多分50代だと思う。息子さんはいくつだろう。訊いてみたら、24歳だと言っていた。病気の原因はなんだろう。それと、完治するのだろうか。これも、山谷店長に訊いてみた。返答は、
「それはわからん。とにかく精神科に受診しろ。俺の息子と同じ病院がオススメだ」
 病院かぁ、嫌だなぁと僕は思っている。でも、治療しないと悪くなる一方というのもわかっている。
「店長の息子は何ていう名前ですか?」
秀吉ひでよしだ」
「秀吉くん。戦国武将の名前みたいですね」
「ああ、俺は豊臣秀吉が好きだから、秀吉、と名付けたんだ」
「そうなんですね。何か、そういうのいいですね」
「だろ?」
「はい」

 僕は山谷店長から病院の名前と場所を教えてもらった。その話を僕の父親にした。すると、こう答えた。
「ああ、あそこな。行くなら、送ってやるぞ。辛いだろ?」
「うん」
 と頷いた。父親は優しい。大切にされていると実感できる。父親の発言は僕の気持ちを柔らかくしてくれる。

 僕が小説を書く理由は、僕には彼女もいないし、子どももいない。なので、自分がこの世にいた証を残したくて書いている。もちろん、書いてて楽しいというのは大前提だが。

 その日の夕方、僕は職場に電話をした。明日、病院に行くから休ませて欲しいと。山谷店長は駄目とは言わなかった。むしろ、
「自分を大切にしろよ」
 と言っていた。有り難い話だ。

 その病院に行くために前もって電話をして何時から受付開始かを訊いた。すると、
「9時診察開始で、予約は必要です」
 と職員は言っていた。
「初めてかかるんです」
 と言うと、
「そうですか、明日であれば11時30分なら空いてますよ」
 と言うので、
「それでお願いします」
 そう伝えた。

 父親に予約した時刻と明日受診するという旨の話しをした。父親は、
「そうか、じゃあ、俺は11時頃帰ってくるから」
「わかった、ありがとう」

 翌日──。
 僕は早朝3時頃目覚めた。最近では、調子が悪いせいか、早くに目覚める。起きているのも辛いので、寝る時間も22時頃と早いが。約5時間の睡眠だ。3時頃目覚めても、それからは眠れない。 

 僕はある危機感を抱いた。このままだと、小説家になれないのでは? という気持ちを。僕は焦った。どうしよう! 僕の夢が、夢が……! この思いを父親にぶつけた。酔っ払っている父親は、
「なんだ! お前! 俺のせいだって言いたいのか!?」
 そう言われて返す言葉に詰まった。父親は喋り出した。
「人生っていうのはな、自分の思い通りにはなかなかいかないものだ。それを肝に銘じろ」
 さっきと違い、父親は穏やかな口調で言った。
 僕は自分自身に呆れた。人生かぁ……。僕のクソにもならない人生。心の中でそう呟いていた。

 時刻は午前7時を過ぎたところ。気持ちが真っ暗闇だ。睡眠不足もあるのか、日に日に調子が悪くなる一方だ。

 もしも入院になったら、病院の職員に訊いてパソコンを持っていこう。出版社に送る作品がもう少しで完成するから。それに〆切りまであと1ヶ月しかないし。

 今は午前11時ころ。僕は怠くてベッドの上に横になっている。
「おーい! 康孝! 病院に行くぞ」
 父親は知らない内に早退していたようだ。
「わかったー」
 そうは言ったものの、凄く面倒だ。でも、行くしかない。何とか起き上がり、車にのった。だがだ。父に突っ込まれて気付いたが、まだパジャマ姿だ。
「ちゃんと着替えろよ。人間見た目は9割っていう言葉が書かれた本があるくらいだからな」

 また、聞こえてきた。

 コロスゾ

 何なんだ一体……。こわいなぁ。山谷店長の息子と同じ病気なのか? ていうか、これは病気なのか? 悪霊の仕業のような気がするけれど否定されたし。

「おーい! 何してるー! 早く着替えてこい!」
「わかったー」
 と出来るだけ大きな声で言った。怠くて具合い悪い。……とにかく着替えよう。面倒だから上下ジャージ姿でいいや。今は春だから涼しいし。
 
 父親の車の助手席に乗ると開口一番、
「何だ、上下ジャージ姿かよ。ジーパンくらい履いてこいよ」
 と言った。
「……面倒くさくて」
 父親は呆れた様子で、
「それくらいのことも面倒なら、仕事もできねーだろ」
 罵声に近い言い方だ。
「父さん、デカイ声ださないでくれ。具合い悪いんだから」
「仕方のないやつだな。回復したら小説書けそうか?」
「書くよ! 勿論!」
「なら、いいが」

 数分、車を走らせ病院に着いた。でかい病院だ。何階建てだろう、数えるのも疲れるからスルーした。

 入口はガラス張りの自動ドア。そこを父親が先に通り抜けて、その後に僕が入った。父親が保険証を持っているので、受付に提出した。病院の女性の職員は、
「初診ですね、こちらの用紙に記入してもらえますか?」
「はい」
 父親は僕にクリップボードに載せられた紙とペンを渡してくれた。書く項目が10ヶ所くらいある。書くのが面倒くさい。でも、仕方なく受け取り、名前や住所、生年月日、病歴などを記入していった。
「あ! 間違えた」
 父親は、
「え? どこ間違えたんだ?」
 と言い、
「住所を間違えた」
 僕は同じ町内だが、引っ越しをしている。なので、勘違いして書いてしまった。父親は、
「ちょっと待ってろ」
 と言い、受付に行った。
「あのー、問診票に間違って書いてしまって」
 職員は、
「そうですか、新しい問診票をお渡ししますね」
 すぐに新しいそれをもらい僕に渡してくれた。
「今度は間違うなよ」
 プレッシャーを感じる。僕はゆっくり慎重に書いた。

 何とか書き終え、父親に渡した。それを先程の女性職員に渡してもらった。
「あ、予約入ってますね。診察室の前に行って下さい」
 そう言われ2人で向かった。

 院内は微かに聴こえるくらいにクラシックが流れていた。多分、患者をリラックスさせるためだと思う。でも、僕にとっては雑音に聴こえて聴き心地が悪い。でも、止めて欲しいとは言えないし。父親に訊いてみた。
「病院の中に流れているクラシック、ウザくない?」
 父親は首を傾げ、
「そうか? ウザいとは思わんが」
 病気のせいかな? わからないけれど。僕はそう思った。また聞こえてきた。

 オマエナンカイナクナレ

 ネガティブなことしか聞こえない。
 診察室から具合い悪そうなおばさんが男性と出て来た。どちらも恰幅のいい体型で、金髪だ。まるで、ヤンキーのようだ。それから5分程待って、診察室のドアが開き、白衣を着た看護師が僕を見ながら、
「どうぞー」
 と笑顔で促してくれた。その笑顔を見て僕は腹がたった。何が可笑しいんだと。僕は看護師を睨めつけた。尚も笑顔でこちらを見ている。内心、(馬鹿にしやがって)と思った。でも、何で名前を呼ばないんだろう。そう思いながら父親と一緒に診察室の中に入った。

 30分くらい話し込んだだろうか。入院することになった。3階の開放病棟と言われた。父親は、
「じっくり休んで治せ」
 と、優しい顔をして言った。
 最初に頭に浮かんだのは、職場の店長に電話をしないと、ということ。この病院を紹介してくれたからお礼を言わないと。何だか、眩暈めまいがする。医者が言う病名は、『統合失調症』という病気らしい。待合室にまた来て椅子に座った。どんな病気なのだろうと思い、スマホで検索してみた。代表的な症状は幻聴・幻覚・妄想というものらしい。あとは、完治しないということと、原因不明の病気だということがわかった。

 僕は男性看護師と一緒に3階の病棟にエレベーターで向かった。一緒にいる男性看護師が話しかけてきた。
「地道に治療すれば良くなる病気ですから、あまり気を落とさず、焦らずに過ごしましょう」
 さっき、ネットで見た内容を話した。
「ネットに書いてあるものは極端な例が多いのであまり見ない方がいいですよ」
 男性看護師の意外な発言に耳を疑った。

 病室は301号室。4人部屋で、僕は窓側のベッドに案内された。一応、挨拶した。「こんにちはー」と。医師からの書類を1枚渡された。何が書いてあるかと言うと、僕の名前と年齢、病名、退院予定日だ。今は3月、「4月」と退院予定日の欄に書かれていた。何日かまでは書いていなかった。

 入院している患者さんは、お年寄りが2名でもう1名は若い男性で、僕と同じくらいの年齢だと思う。お年寄りは寝ていた。若い男性を見ると、小説らしき本を読んでいた。僕もああいうふうに読んでもらえる小説が書ければなぁ……。今は無理だけれど。まず、調子を良くしないと何もできない。具合が悪いので布団を被って横になった。

 思い出したことがある。それは、山谷店長に連絡すること。デイルームなら電話をしてもいいらしいのでそこまで移動した。面倒だけれど、放っておくわけにはいかない。ポケットからスマホを取り出し、職場のコンビニに電話をした。6~7回呼び出し音を鳴らした。忙しいのかなかなか繋がらない。後でまたかけよう、そう思い一旦は通話を切った。また聞こえてきた。

ハヤクイケ

 これは主治医が言うには、幻聴というらしい。嫌だなぁ。でも、僕の場合は幻聴と現実の区別がついているからまだマシな方らしい。時刻は午後になったがお腹は空かない。最近、あまり食欲がない。病気が良くなれば、食欲も出てくるだろうか。わからないけれど。そこに若い女性看護師が病室に入ってきた。
「工藤さん」
「はい」
 と僕は返事をし、ゆっくりと起き上がった。
「お昼過ぎて受診して入院になりましたがお腹空いていませんか?」
「空いていません」
「そうですか、1階に売店があるので、もしお腹空いたらそこで買って食べて下さいね。明日から普通に昼食が出ますので」
 その女性看護師は黒に近い茶髪で、可愛い顔をしているし、痩せている。多分、20代だろう。
「わかりました」
「後程、検査がありますので呼ばれたら呼んだ看護師と一緒に行って下さい」
「はい」

 女性看護師はそれだけ言うと、病室から出て行った。機敏な動きだなと思った。再び僕は横向きになり、仮眠をした。怠い。起きたくない。そんなことを思っていた。

 それから、ゆっくり横になっていると、先程の女性看護師がやって来た。
「工藤さん、何度もごめんなさいね。検査をしに私と行きましょう」
(面倒くさい)内心はそういう気持ちだ。
「調子悪いですか?」
 そう言われ、言ってはいないが、調子悪いから入院したんだろう、おかしなことを訊く看護師だなと思った。笑顔を浮かべた女性看護師を見て、何がおかしいんだ、と不愉快になった。
「悪いですよ、幻聴も聞こえるし」
「そうですか、焦らずじっくり治しましょう」

 検査の種類は、CT、レントゲン、脳波、採血、血圧測定など。僕は気になったことを訊いてみた。
「患者さんは皆、心の病で入院しているんですか?」
「まあ、そうですね」
 更に疑問があったので質問した。
「心の病っていうのは具体的に何ていう病名があるんですか?」
 女性看護師は言った。
「心の病に関心があるんですか?」
「関心というか、自分がそういう病気になったから、気になったんです」
「そうですか。工藤さんの統合失調の他には、うつ病が多いですね。あとは双極性障害といういわゆる躁鬱病です」
「聞いたことのある病名です」
「あ、ありますか。心の病と言われてますが、脳の病気ですね」
「へえー、そうなんですね」
 僕は話している内に具合いが悪くなってきた。そのことを女性看護師に伝えると、
「大丈夫ですか?」
 と心配そうに言った。
「大丈夫です」
「そうですか、無理なら無理と言って下さいね」
「わかりました」

 検査を終えるまでに1時間近くかかった。疲れてしまった。慣れないところだから尚更だ。
「先程の女性看護師は検査の結果は後ほどお知らせしますね」
「はい、わかりました」
 僕は病室に戻るなりすぐにベッドに横になった。こんなに疲れやすかっただろうか。体力も気力も低下しているように感じる。気のせいだろうか。いや、気のせいなんかではない。仕事が忙しく働いていたのと、病気のせいかもしれない。それと、検査をしたのと。

 僕は思いついたことがある。それは生命保険に加入していないこと。ということは、全額自腹ということになる。いくらかかるのだろう。貯金だって殆どしていないので父親に頼るしかない。父さん怒るだろうなぁ……。仕方ないけれど。また、幻聴が聞こえた。

 ガンバレヨ

 珍しく前向きなそれだ。でも、聞こえないことが理想。仕方ないとは言えども。とりあえずゆっくり休もう、身も心も。こういう機会はなかなかないから。もしかしたら、休めば幻聴も治まるかもしれないし。わからないけれど。

 それから約1週間後。疲れはだいぶ癒えた。でも、残念ながら幻聴は前ほどではないにしろ聞こえる。なぜ、消えない。同じ部屋に入院している男性はどんな病気なんだろう。話しかけてみようかな。まだ、1度も話したことがない。彼は、スマホを観ている。
「こんにちは」
 反応がない。話しかけられているのに気付いてないのかな。黙っているとこちらを向いた。
「うん? 何か言った?」
「はい、こんにちはって挨拶しました」
「ああ、そうなんだ。こんにちは」
 彼は笑いながら言った。
「僕、工藤っていいます。工藤康孝」
「そうなんだ。俺は松江まつえっていうんだ」
「松江さん、いくつですか?」
「俺は23だよ」
「あ、そうなんだ。僕は27歳だよ」
「工藤さんの方が年上なんだ。てっきり、年下かと思った」
 だからため口なのか、なるほど。
「訊いてもいいかな? 松江さんはどんな病気なの?」
「あんまり言いたくないな、でも、まあいっか。死にたい病」
 そう聞いて僕は驚いた。
「そんな病気あるの?」
「いや、病名は俺がつけた。うつ病さ。死にたくなるから死にたい病って付けた」
「そうなんだ」
 僕は俯いた。確かにそういう気分の時あるなぁ。
「工藤さんは何ていう病気?」
「僕は統合失調症だよ」
 松江さんは驚いたように言った。
「前にニュースになってた病気だ」
「え? どんな?」
「殺人事件を起こした病気」
「マジで? そんな病気あるんだ! 知らなかった」
「うん。ていうか、工藤さんとは波長が合う気がして、初めて話すとは思えないわ」
 松江さんは笑みを浮かべながら言った。
「確かにそうだね。年齢が近いのもあるのかな」
「それはあるかも」
 僕はこれからも話したいから思ったことを言ってみた。
「松江さん、メールアドレス交換しない? 電話番号と」
 彼は、
「うーん、もっとお互いのこと知ってからにしない?」
「そっか、残念」
「いやいや、残念というか、交換できないと断ったわけじゃないから。もっと親しくなったらという意味だから」
 松江さんの言っていることが理解できた。彼はなかなか頭がいいように感じる。
「なるほどね」
 僕は質問をした。
「松江さんは入院してどれくらい経つの?」
「俺は3週間くらいかな」
「そうなんだ。ごめん、具合い悪くなってきたから休むね。また、話そう」
「うん、お大事に」
 僕も早く調子が安定しないかな。

 目覚めたのは15時30分頃。松江さんは病室にはいなかった。どこに行ったのかな。煙草でも吸いに行ったのかな。彼が喫煙者かどうかわからないいけれど。
 少しして松江さんは戻ってきた。割と調子がよさそうに見える。
「松江さんは煙草は吸うの?」
「うん、吸うよ。工藤さんは?」
「僕は吸わないよ。お酒は?」
 松江さんに訊いた。
「酒も呑むよ」
「そうなんだ。僕は呑まないなぁ」
「そうかぁ、じゃあ、何が楽しみで生活しているの?」
 心に刺さる質問を松江さんはしてきた。
「僕はね、小説家になるのが夢なんだ」
 得意気になって言った。
「へえー、凄いね! 俺はそういうのないからなぁ。でも、これと言って
何かしたいことがあるわけじゃないし。彼女はいるけどね。まあ、強いて言えば、彼女と結婚して幸せな家庭を築くことかな」
「おおー! それはそれで素晴らしいよ。僕には彼女がいないから。まあ、一人でいたいというのが本音だけどね。人と長い時間一緒にいると疲れちゃうんだ」
「好きな人といても疲れるの?」
「そうだねえ、本当に好きな人と出逢ってないというのもあるけどね」
「それなら、本当に好きな人だったら疲れないかもね」
「そうだね」
 僕は気になったことを訊いてみた。
「たまに彼女さんはお見舞いに来てくれるんでしょ?」
「いや、そんなに来ないよ。仕事が忙しいとかで時間がないらしい」
 僕はその発言を疑問に思い言った。
「え、でもこの病院の面会できる時間は20時まででしょ。それでも時間がないの?」
 僕は突っ込んで訊いた。彼はこう答えた。
「彼女は健常者だし、僕は精神障がい者になってしまったから気持ちが覚めてしまったかもね」
 答えを聞いて訊かなければよかったと思った。
「失礼したね。訊かれたくないのに訊いてしまって。それに初対面だから」
 松江さんは、
「いやいや、いいんだ。誰かに打ち明けたかったから」
 僕は黙っていた。そして、
「すみません」
 と謝った。
「本当に大丈夫だから謝らないで」
「わかった、具合い悪くなってきたから少し寝るね。また後で話そう」
 時々、具合が悪くなるのは何でだろう。今度、主治医に訊いてみよう。

 30分くらい寝ただろうか。目覚めた時間は午後5時頃。夕食は午後6時。入院する時、女性看護師が教えてくれた。あと1時間くらいか、美味しいのかな、病院食って。まあ、食べてみればわかる。松江さんの姿がない。どこに行ったのだろうか。僕は起き上がり、デイルームに行ってみた。松江さんがいた。同じ入院患者だろうか? それとも彼女だろうか? 女性と喋っている。近付いて声をかけてみた。
「こんにちはー」
 2人は僕の声かけに気付きこちらを向いた。
「ああ、工藤さん。起きたんだね」
「うん、ひと眠りしたら少し調子があがった。そちらは……?」
 僕は訊いてみた。
「こんにちは、初めまして」
「あ、どうも。工藤康孝っていいます」
「私は斉藤君江さいとうきみえです」
「斉藤さんは、入院患者ですか? それとも、松江さんの彼女さんですか?」
 2人は爆笑した。
「工藤さん、彼女じゃないよ。同じ入院患者だよ」
「そうなんだ、それは失礼しました」
「いや、いいですよ、別に。病気の話ししてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「私は解離性同一性障害という人格の病気です。工藤さんの病名を訊いてもいいですか?」
「はい、僕は統合失調症です」
 斉藤さんは、何かに気付いたような顔をした。
「統合失調症って多いですよね」
 僕はそういう情報は知らないので、
「そうなんですね」
 と答えた。僕は斉藤さんに質問した。
「その、解離性……同一性障害でしたっけ? どんな病気ですか?」
 彼女は真面目な顔をして、
「簡単に言うと、人格が交替する病気です」
「へえ、初めて聞きました。僕は精神病には疎くて」
 僕は頭をかきながら言った。無知がバレて恥ずかしい。斉藤さんは言った。
「統合失調症と診断されたのはいつですか?」
「昨日ですよ。だから、自分の病気がどういうものなのかわからなくて。でも、ネットで見たら、幻聴・幻覚・妄想が主な症状と書いてありました」
 松江さんが話しに入ってきた。
「俺も統合失調症だよ」
 僕は彼の病名を知らなかったので驚いた。
「そうなんだね! 同じ病気だとは思わなかった」
 斉藤さんは、
「え! 昨日なんだ。じゃあ、昨日から入院してるんですか?」
 びっくりしている模様。
「そうです。自覚している症状は幻聴ですね」
「俺は被害妄想かな、だからこうやって2人の話しに割って入るのももしかして入ってくるなと思われているのかなと思ってる」
 僕と斉藤さんは思いがけないことを聞いたので、顔を見合わせた。
「そんなことないよ」
 と斉藤さんは言った。
「僕も斉藤さんと同じ意見。そんなことないよ」
 松江さんは安堵の表情を浮かべた。
「よかったー」と。彼の話は続いた。
「でも、イチイチこうやって確認されるのがウザいと思われてないかというのも気になる」
「そんなこと思ってないよ」
「私もよ」
 松江さんは、
「そっか、わかった、ありがとう。こうやって仲間がいれば話せるからいいよね」
 と安心した様子だ。それなら良かったと思った。

 そこに1人の女性が現れた。見たことがない。
留美るみ!」
 松江さんは叫ぶように言った。
「久しぶり、辰巳」
「久しぶりだな! 来てくれないから病気になった俺のことなどどうでもよくなったのかと思った」
 彼女は呆れたような表情を浮かべた。
「そんなわけないじゃない。辰巳のことは毎日思い出すよ。言ったじゃない、仕事が忙しくてなかなか来れないって」
「まあ、確かに。あ、紹介するね。俺の彼女の梶谷かじや留美」
 僕は挨拶をした。
「こんにちは、工藤といいます。昨日から松江さんと同じ病室で入院しています」
 留美さんは、
「こんにちは。初めまして」
 と言ってくれた。でも、斉藤さんには挨拶しないから、既に知り合いなのだろうと思った。僕も、
「はじめまして」
 と言った。感じのいい女性だな、と思った。留美さんは、
「あたしも会話に交じっていいかしら」
 松江さんは誰よりも早く、
「もちろんだよ!」
 と言った。留美さんは皆に訊いた。
「何の話をしていたの?」
 彼女は松江さんの顔を見ながら言った。
「病気の話しだよ」
 留美さんは、
「あー、それじゃあ、あたしはあんまりわからないな。聞いてるよ」
 と言ったが、松江さんは留美さんをフォローするかのように、
「いやあ、話は変えてもいいぞ、なあ、皆」
 斉藤さんは、頷いた。僕は、
「うん、何でもいいよ」
 と言った。
「本の話しでもいい?」
 留美さんは皆を見ながら言った。
「本って小説だな?」
 松江さんはさすが彼氏のことだけあって彼女のことをよく知っているようだ。留美さんは、
「小説でも、雑誌でもなんでもいいよ」
 小説! 僕の得意分野!
「僕、将来、小説家になりたくて毎年、応募しているんだ」
「え! そうなんですか!? 凄い」
 留美さんは驚いている。
「マジで? そりゃ凄い!」
 斉藤さんも絶賛してくれた。嬉しい!
「長編のミステリーを書いてるのさ。8万文字以上書かなきゃいけないけどね。1年に1回応募してるよ。今年で5回目なんだ。まだ、1時通過もしてないけどね」
 僕は苦笑いを浮かべた。それでも、
「いやあ、書けることだけでも凄いよ!」
 松江さんも褒めてくれた。嬉しい!
 まあ、書き手としては書けることが大前提だけれど。
 話は、僕の執筆の話しや、どんな小説を読んだか、またはその感想などをみんなで話した。

 1時期は入院中も書こうと思っていたけれど、やっぱりそれはやめてゆっくり休もうと思い書いていない。でも、これはやはり病気が執筆の邪魔になっているということになると思う。病気になってしまったことは仕方ないけれど。小説家を生業とするということは、僕の夢だ。執筆中の作品もある。焦ることはよくないけれど、締め切りまであと1ヶ月くらいしかない。今回は間に合わなさそうだ。悔しいけれど来年の締め切りまでに書くことにしよう。何なら、調子がよくなればもう1作書けたら書こうと思う。僕は今27歳、まだまだ若い。じっくり腰を据えて書いていこうと思う。

                                 了
 
 
 

 

 


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