読書

病と恋愛事情 五話 俺の読者

俺は体調がいいので、麻沙美に女を紹介してもらおうかと考えていた。そして、俺の家に麻沙美とさくらちゃんが遊びにきた。さくらちゃんは家に上がるなり、俺の書いた小説が読みたいと言ってきた。

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 最近の俺は、割と体調がいい。女性の人脈の広い麻沙美に誰か紹介してもらおうかな。そんなことを密かに考えていた。

 今になって気付いたが、俺の夕食以外、冷蔵庫に缶コーヒーが五、六本ある程度。もう買いに行く時間もない。なので、麻沙美に買い物を頼むことにした。

携帯を手に取り、かけた。支度をしているのか、それとももう向かっているのだろうか。なかなかつながらない。辛抱強く呼び出し音を鳴らしているとつながった。
「もしもし、麻沙美か?」
『晃さん、こんばんは!』
 麻沙美より高い声の女がでた。さくらちゃんだ。嬉しそうな声を出している。

「おー! さくらちゃんか、久しぶりだな」
『お久しぶりです! 元気ですか?』
「今日は調子いいよ。今、どこにいる?」
『もう、車の中ですよ』
「そうかあ。じゃあ、麻沙美は運転中だから出られないな。買い物頼みたいんだが伝えてもらえるか?」
『はい、いいですよ』
「六缶パックの発泡酒と、さくらちゃんの好きなもの買ってきていいぞ」
『本当ですか? やったー! 伝えておきますね』
「よろしくな」
 言ってから電話を切った。

 俺と麻沙美は月一のペースで会っているが交際しているわけではない。

昔から気が合うのでこの年まで付き合いが続いているのだ。もちろん、肉体関係もない。俺は好きな女以外は抱きたいと思わない。俺の男の友人は抱ければいい女なら誰でもいいと言っていたのを思い出した。その男は、俺と同じ趣味があり、今度会おうかという話を少しまえに電話でした。

 その時、アパートのベランダのまえに車が停まる音が聞こえた。きっと、麻沙美とさくらちゃんが来たのだろう。車のドアが閉まる音が二回聞こえた。そして、少しして家のチャイムが鳴った。俺はすぐに出た。

「はーい」
 と、言いながらドアを開けた。目の前にはさくらちゃんが笑みを浮かべながら買い物袋を持って立っていて、その後ろに麻沙美が、微笑みながら赤いショルダーバッグを下げて立っている。

「二人とも、こんばんは」
 ピンクのワンピースを着て、黒ぶちの眼鏡をかけている細身のさくらちゃんはとてもかわいらしく見えた。薄化粧で。麻沙美は、大人の女性の色気を醸し出していて、紺色のトップスに、ベージュのロングスカート姿だ。

「晃さん、こんばんは!」
 さくらちゃんがあいさつする。
「晃。オッス」
 麻沙美も言う。
「まあ、二人ともあがれよ」
 笑顔を絶やさないさくらちゃんは、家に上がるなりこう言った。
「ねえねえ、晃さん。あれから小説すすんだ? 書いてるんでしょ?」
 麻沙美もゆっくり家に上がり、
「ごめんね、晃。さくらったら十六にもなるのにまだまだ子供で」
「いや、いいんだ。さくらちゃん、先月書いてから少しすすんだよ」
「晃さんの小説、すっげー面白いんだー。パソコン起動していい?」
 彼女は相変わらず、物怖じしない様子。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 俺は、パソコンの壁紙をグラビアアイドルにしていたので、慌てて台所の方へ持っていきノーマルの壁紙に変えた。離れたところでさくらちゃんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「あ! わかった! 晃さん、エッチな画像にしてるんでしょ!」
 俺は、ガハハッと笑って誤魔化そうとしたが、
「晃さんでもそういうの見るんだ。てっきり興味ないのかと思ってた」
 麻沙美は苦笑いを浮かべている。
「おいおい、さくらちゃん、俺だって男だぞ」
 俺は恥ずかしさを堪えながら言った。
「だよねー。でも、そのほうが男って感じがしていいじゃん」
「そうなのか」
 今度は、俺が苦笑いを浮かべる番だ。
「タイトルなんだっけ?」
「なんだ、忘れたのか。『病と女』だ」
 さくらちゃんは表情に花が咲いたように、パッと笑顔になった。
「あ! そうだった。じゃあ、見せてねー」

 そう言いながら台所にいる俺からパソコンを奪い取り、居間の木製のテーブルの上にちゃっかり載せて勝手に起動させた。

実は、病気になってしばらくは女に興味が湧かなかったが、最近、少し関心を再び持ち始めてパソコンにはいやらしい画像や動画が入っていた。目ざといさくらちゃんのことだから、見つけてしまうだろう。俺は観念した。麻沙美は大人の女だから笑い飛ばすだろうけれど、さくらちゃんは未成年。過激だからもしかしたら軽蔑されるかもしれない。でも、さくらちゃんに俺が書いている小説を見せていることは自覚しておきながら、パソコンに卑猥なものを保存した俺のミスだ。それも痛恨のミス。俺の作品を読んでくれる数少ない読者なのに。

 でも、彼女はそれほどパソコンに詳しくないからか、小説だけ読んでくれて電源を切った。俺は内心、やったぜ! と強く思った。

「どうだった?」
 俺は素知らぬ振りをして聞いた。
「やばい! かなり面白かった! どうしよう、泣きそう……」
 さくらちゃんは、半笑いで涙を浮かべていた。俺は、小説を書いていてこんなに感動してもらえるとは思っていなかった。それは、感受性豊かなさくらちゃんだから、という捉え方もできるが。でも、今までにない発言だったので驚いた。さくらちゃんは、麻沙美のほうを振り向き、

「お母さんも読んでみなよ。すごいから!」
 麻沙美は困ったような顔つきになり、
「わたしは恋愛小説、読まないから」
 俺はそのことは知っていたから大した気にしていなかったが、さくらちゃんはムッとした表情でこう言った。
「お母さん、ひどい! そんなにはっきり言わなくたっていいじゃん!」
「でも、それは晃も知ってるから言ったのよ?」
「それにしたって……」
 若干、揉めていると感じた俺は焦って、
「さくらちゃん、落ち着いてね。気持ちは嬉しいから喧嘩しないでね」
 優しい口調でそう言うと彼女は黙って俯いてしまった。

若さ故なのか、こういうふうに本気になりやすいのは。そういえば母親の麻沙美も若いころは、こんな感じだったかもしれない。やっぱり親子だな。
「麻沙美はミステリー小説が好きなんだもんな」
「まあね」
 さくらちゃんはなにも言わない。怒っているのだろうか。
「麻沙美、そんなに怒らないでよ」
「怒ってないもん!」
「その口調が怒っているのよ。ごめんね、晃。今、難しい時期で」
 麻沙美は平然としてそう言った。さすがだなと思う。
「いや、いいんだ。俺は気にしてないよ」
「さくら、晃気にしてないってさ」
「聞こえてるし」
 さくらちゃんの母は呆れた表情で俺を見る。思春期は大変だよなと思った。特に女の子は。

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