草木の如く 7

 パチパチと音を立てて火柱が上がる。蛍のような火の粉が散らばって、辺りを明るく濡らしていく。私はそこに乾燥したスギの葉をくべた。よく乾いたスギの葉は木を燃やすより幾分か燃えやすい。実家の風呂を薪で沸かしていた頃、祖母がやっていたことだった。まず焚き口の奥に薪を入れ、その手前にスギの葉を詰めていく。最後にくしゃくしゃに丸めたチラシ紙に火をつけ、そこに投げ入れるのだ。火は一度小さくなって、チラシ紙を焦がしながら一気に燃え上がる。スギの葉に移ればあとは全て燃えてしまう。私はその作業をしている祖母が好きだった。火かき棒で混ぜながらスギの葉を足していく。無口な祖母は黙ったまま焚き口を見つめていた。灰色の目が赤く染まる。それを見る度、祖母は鬼になってしまったのだと思った。

 目の前の炎は風に揺られ、その身をよじった。私は慌ててカバンから紙を取り出す。消える前にこれを燃やさなければ。

 私はその紙を広げた。星空にしようとして失敗した絵。血を浴びた星空は乾いてぽろぽろとかさぶたを落とす。こうして見ると私の判断は間違っていなかった。乾き切った血はまさしく夜の色をしていた。

 その絵の端をたき火にかざす。炎が紙に燃え移り、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。私は絵を離した。指先から離れた夜空は炎にまみれ、まったく知らない姿へと変わっていく。私は膝を折ってたき火の横に座った。その向こう側で川がざあざあと豊かな音を立てている。

 草や木のように生きなさい。

 精神の医者はそう言っていた。表情の硬い、小さなおじいさんのような医者だった。カルテばかりを見て、私に視線すら寄越さない。ものの数分の往診の中で言われた言葉。貴女は激情型なんです。もっと静かに、草や木のように生きなさい。

 草や木はどんな風に生きているのだろう。彼らには感情がない。感情だけで生きている私のような人間に分かる筈なんてなかった。でもあの医者は言ったのだ。草や木のように生きなさい。その医者から出されたのは精神の昂りを抑える薬だった。

 あれから彼女は毎日連絡を寄越すようになった。おはようから始まり、おやすみまでやり取りを続ける。私はうんざりしていた。求めていたのはこれじゃない。でも私は言えなかった。ありがとうとしか言えなかった。

 薬を飲み始めてから一ヶ月、私の前に私は現れなくなった。多分、草や木に近づいていっているのだと思う。もう私には絵は描けない。

 スギの葉を掴む。トゲが生えているというより、その葉全てがトゲのようだった。こんなに武装しているスギは本当に感情なんてないのだろうか。私にはスギの木がとても臆病に見えた。

 炎の中で最後の絵の欠片が燃えた。全てが炎に包まれて、何もかもが無くなってしまう。

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