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素人小説家が、ななまがり『カスタマイズ』を紹介する

 私はななまがりというお笑いコンビが大好きだ。
 コントや漫才など、そのネタは多岐に渡り、独特な世界観は他の追随を許さない。私がこのお笑いコンビに出会ったのは昨年の4月頃、自粛期間の最中に吉本興業が打ち出した配信ライブで見たのが始まりだった。強烈なキャラクターと芸風に心惹かれた私は、その後YouTubeで彼らの動画を見漁った。そこで見つけたのが『カスタマイズ』という漫才。知らなかった。3分という短い時間の中で様々な感情を揺さぶってくるエンターテイメントが「お笑い」の中に存在しているだなんて。
 ここからは『カスタマイズ』のネタバレである。知らない方はYouTubeで検索して動画を見てほしい。私の文など読まなくとも、このネタの面白さは十二分に伝わる筈である。

 『カスタマイズ』は端的に言ってしまうと「ツッコミの初瀬がボケの森下を『理想の森下』としてカスタマイズしていく」という内容のネタだ。この文字列だけ見ると「なんて荒唐無稽なんだ」と思われるだろうが、その実、しっかりと丁寧にストーリーが展開されている。
 まず初瀬が「理想の彼女と結婚したいですよね。理想の顔、理想の……」と観客に問いかける所から始まる。漫才なら普通の出だしだが、この問いかけに森下が「俺はー!!!!!!」と大声で被せ、「理想の俺なのか?」と今度は初瀬に問いかける。ここで今は理想の森下じゃないという問題を観客に提示し、そして「今から俺を理想の俺にカスタマイズしてくれ!」という言葉に繋げることで、今回のテーマが『カスタマイズ』だと明確に表す。これが冒頭のたった30秒で行われてしまうのだ。エンタメ小説なら1ページ、純文学なら3ページ費やしてしまう問題を。
 その後に「まずは顔からだ!」と選択肢がいくつもあることを示唆し、「俺の理想の顔を選んでくれ!」と頼むことで「初瀬が森下をカスタマイズする」という大体の流れが予想できるように持っていく。そこがとても絶妙で、限られた時間の中で最低限かつ分かりやすくこの流れを示唆できるのは流石プロとしか言いようがない。あまりにも突飛過ぎる設定だと受け手側は置いてけぼりを食らってしまい、そこで離脱してしまう場合もあるのだが、この「初瀬が森下をカスタマイズする」という設定は置いてけぼりを食らわないギリギリのラインで踏みとどまっている。しかも冒頭30秒でそれを説明してくれているので、逆にこれからの展開が気になる仕組みにもなっているのだ。
 そこから森下が様々な変顔を披露し初瀬に選ばせるのだが、初瀬が選んだA(白目を向いた森下)のままで「これだな」と言い、初瀬が「これになっちゃった!」と叫ぶ。ここで「森下のどこかしらのパーツが変わっていく」ことが伝わり、一体どうなるのだろう……とますます観客の期待値を高めていく。顔、ポーズ、声……と選ばせた所で森下が「さあ理想の森下が出来上がったよ!」と声高に宣言。その時には既に別の『森下』が出来上がっており、その出で立ちはさながらホラー作品に出てくる怨霊や化け物の類だ。これが映画ならば、この『森下』が終盤主人公たちを追いかけ、恐怖のどん底に陥れていたであろう。
 しかし予想に反して『森下』は取っ付き易い。自分のことを「あちき」、初瀬を「チミ」と呼び、「あちきね、ケーキ屋さんがやりたいの!」と可愛らしく強請る。初瀬も一応そのやりとりに乗ってあげるが、ショートとロングを掛けたケーキを出してきた『森下』を「おもんな!」と一喝。思わず「ちょっとカスタマイズしなおさせて!」と言ってしまう。すると『森下』は「分かったよ。カスタマイズしなおすよ」とOKする。
 ここからがななまがりのすごい所。カスタマイズを了承した『森下』は「あーあ、せっかくこの世に生まれたのになー」とぼやく。
「なんかごめんな」
「いいんだよ、あちきはこの世から消え去るよ」
「そんな言い方せんでいいやん。そんな言い方」
「少しの間だったけど、チミと漫才できて楽しかったよ」
「俺も楽しかったよ」
「ありがと……」
 この一連の流れ。これだけで「カスタマイズ後の人格はカスタマイズされる度に新たに生まれ、そして消えていく」ことが分かる。このファンタジー要素が『カスタマイズ』の醍醐味だ。前半の怒濤のホラー展開で観客を惹き付け、その後の切ない設定で感情を別方向にシフトさせる。恐怖からエモーショナルへ、しかしその間にもお笑いとしての面白さはしっかり残されていて、常に笑いを誘う。
 そして森下は元に戻り「さ、カスタマイズしなおしてくれ」と初瀬を促す。
「まずは顔からだ!A!」
「Aだ!」
 間髪入れずにA(白目を向いた森下)を選ぶ初瀬で観客は気付く。もしや……と、固唾をのんで見守る。そしてポーズ、声を選んでいくのだが、森下が甲高い声で「ななまがりです!」と言う前に初瀬は抱きつくのだ。
「Aだ!」
「チミ!?」
 感動のフィナーレである。一度消えた『森下』がまた『森下』として戻ってきた。初瀬を「チミ」と呼ぶ所にも演出の腕が光る。
「だからチミは~」
「チミ。俺のことチミっていうの?」
 見事な伏線回収。初瀬は『森下』との再会を喜び、最後にこう言い放つ。
「お前が理想の森下だー! これからコイツと一緒にやっていきます! どうもありがとうございました!」
 観客は拍手し、『森下』と共に捌けていく。良かった良かった、ハッピーエンドだ、と我々は余韻に浸る。しかし少し待って欲しい。『森下』と共に捌けていくということは、元々いた森下の人格はどこへ行ったのだろうか? このまま初瀬と『森下』でやっていくとしたら、元々の森下は……?

 これが『カスタマイズ』である。ホラーからエモーショナルへ転換させ、感動と不安を残して終わる。こんなに感情が激動する3分間が「お笑い」の中にあるなんて、私は今まで知らなかった。エンターテイメントとしての要素をこれでもかと詰め込んだ、大胆で繊細な設定と世界観。それを漫才でやってのけるななまがりというコンビ。世界は広いな、と久しぶりにしみじみ思った。
 去年のM-1のネタもとても面白かった。特にうどん屋の漫才が好きで、あの森下の奇人変人キャラは本当に癖になる。コントだと『おばあちゃん』が好きなのだが、これは人を選ぶかもしれない(攻めたネタをしているので)。漫才もコントも世界観が独特で、しかし構成が乱れているという訳でもなく、短い時間の中で様々な感情を巻き起こさせてくれる。他のネタを見た後にこの『カスタマイズ』を見返すとまた違った面白さがあるかもしれない。
 ちなみに私はもう20回近く見ている。

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