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詩「かむりをけずる」

なにもできることがないので
朝起きだしてトーストを一枚焼いて食べた
それから賛同できる署名活動へ参加した

それも終えてしまうとテレビの報道を
BGMにして詩集など読んでみるが
どうにも目が滑ってしまう

詩の一行が紙面を滑って
無垢な喜怒哀楽の表情をして
どこかへ逃げこんでしまったのだ

私を置き去りにして
どこかで朗読会でも始めよう
とまあこんな魂胆だろう

仕方なく詩集をとじて
気休め程度の運動をしても 昼にはもう
瓶ビールを飲みたくて冷蔵庫から出してしまう

油の沁みついたお勝手の抽斗から
栓抜きを取りだして こともなく開ける
炭酸が呼吸を求めたように抜けていった

使い込まれたビールグラスを37.5度に傾けて
ビールの流れをたしかに受け取る
密閉を厭う時世が皐月の風を部屋へとはこぶ

風はまるで緑色をして
麦の黄金色へとまとわりついて
わたしの口内の赤さをより明るく照らす

ビールを飲みつつ のどかに
ぶきみな 中天の太陽に
似たものを手でいじっている

なにかってもちろん
ビールの王冠
瓶の天辺から剥がした王冠

王冠のひだの数は世界共通で二十一
太陽の棘の数は はていくつか
報道をBGMに口内は明るく輝いている

わたしは太陽に蓋をされている
地球という瓶のなかにある泡の一粒
炭酸が抜けきったように静かな昼間

外からの音はなくとても静かだ
まことの静寂とは
不意の音が響かないことをいう

報道が同じことを繰り返している
そんな気がするのは
酔いが回っているせいか

口内が明るく照らされるとき
僕は太陽の黒点を思う
つまりは影のことを

影は周りの明るさに
追いやられた小さな光なのだ
全ては光と酔いに任せて妄信する時間の天頂

やがて昼下がりへ時間が落ちこんできた
わたしは工具箱から鉄のやすりを出してきて
王冠のひだをけずりはじめる

けずりきれるはずはないが
この音につられて詩の一行が戻れば、と思う
キャスターの明瞭な声とやすりの微かな音

静かだ
不意の音が響かないまことの静寂
のどかな部屋で ひそかにかむりをけずる

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