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小説「「世界の終り」はなんでもやったよ」

「おつたえします おつたえします。
 トキオに二××一年に乱立しました、男根の塔(タワーオブナンセンス)へ向けたテロルが勃発しました。(敵を想起せよ 敵を想起せよ)トキオを首都に定めるわが国ヤマトトは迎撃体制をとらないと緊急国会にて発表。
 テロルです テロルです。
 男根の塔へと、向かってきますのは、数多の菩薩像。ああ! カマキリやダンゴ虫、かつての栄光を忘れて突っ込んでくるブギウギの雄、まあく・ボ・るらんの姿も見受けられます。どの者たちもサイボーグ999で使用されていた加速装置を付けています。
 このテロルが為されれば、塔は破壊され、白い雨が降り注ぐことでしょう」
「はい、つまりはお天気情報ですね。
 シロイ雨 シロイ雨
 トキオ在住のみなさま。本日は家から出ぬように警告いたします。
 ケーコク! ケーコク!
 晴耕雨読を 晴耕雨読を
 では、今日もみなさま、よい一日を」</b> その日、トキオの人々は、誰一人、家を出ませんでした。

 ワタナベ・エーミールは純粋な日本人です。彼の産声は「あんぎゃ! あんぎゃ!」でした。
エーミールという名前は、ワタナベ・エーミールのお父さんが稲垣足穂にそっくりで、母親はエーリヒ・ケストナーが描く女の子のように少し高慢ちきで可愛らしい、ということに由来していました。
 そんなお父さんとお母さん。
 お父さんがお母さんを弥勒菩薩像で殴り殺してしまったこと。これも名前によるなにかの因果かも知れません。
(お母さんは死んでしまいました。エーミールが七歳のときです。お母さんを殴ったお父さんは弥勒菩薩像を左手に握りしめたまま、エーミールに泣きついて
「ごめんよ ごめんよ エーミール」と何度も何度も言いました。あまりに何度も言うので、エーミールは「いいよ」と許してあげました。そのとき、エーミールのお父さんは大河を渡り切ったような気分がしたそうです。
 エーミールはお母さんはあのとき、死んだ、のか、死ぬ、のか、死んじゃう、のか、どれだったのか。いま思い出してもエーミールは確信が持てません。
 哀切の母よ 流されるならば背泳ぎで 肉失せるまで)
(エーミールはお父さんを許しました。
でも、ニパングの法律は渡辺健史を許しませんでした。だから、お父さんは三畳間の狭い部屋に入れられてしまいます。でもそれも二年ほどのことです。エーミールのお父さんは二年間の三畳間生活のなかで真理を悟った末に別の次元へと跳んでいったそうです。エーミールを養った叔父さんがそう言ったのです)
エーミールはいま、二十七歳です。
もう、独り立ちしています。

 エーミールにとって7は運命を揺らす数字でした。数字です。7のつくとき、エーミールにはよいことか悪いこと、どちらかが起きるのです。それを本人は意識していませんでしたが。
エーミールの好きな球団は七回に相手球団の選手に打たれると必ず負けてしまいます。逆をいえば、七回にヒットさえ打てば、その日その球団が負けることはないのです。また、7のつく日は犬のうんちを踏むか、お金を拾うかします。声優の水樹奈々さんが好きでCDを全部持っていますが、彼女のコンサートライブには行けたことがないのです。
このようにエーミールの7にはいいことと悪いことが起きるのです。
十七歳のときにエーミールは初めて彼女とキスをしました。しかし翌日、映画のセックスシーンで手をつないだらフラれてしまいました。
「手ぇ汗ばみすぎ」それが彼女の最後の言葉でした。

 エーミールは二十七歳。エーミールには悪いことが起ころうとしていました。
 エーミールの仕事は「ニャンニャン宅配」で荷物の仕分けをすることです。朝八時半、仕事場へ向かうバスに乗って、朝九時に朝礼を行ないます。朝礼の誓いの言葉は三つ。
一. 荷物は命よりも大事!
二. にもつはいのちよりもだいじ!
三. ニモツハイノチヨリモダイジ!
 エーミールにはこの三つの違いが分かりませんでした。分からないまま、五年もの間、ここで仕事をしているのです。
 朝礼後は、昼食時を除いては、単調作業です。ボックスを各シュータに運び、ラインから流れてくる荷物を区と町村名で分けていきます。荷物がボックスでいっぱいになれば、ガラガラとボックスをひいて、トラクターの駐車してあるところまで持っていきます。
 エーミールはボックスをひいていくとき、歌を口ずさみます。「今日も陽気にほいほいほい/陽気にならなきゃやってられん/明日も陽気にほいほいほい/君とのデートはいつだろう」
 歌を口ずさむのはなにもエーミールだけではありません。同年入社のモロッコ斉藤は「オーゼスタ、オーゼスタ、アリアにミチコ、マーヤにナオミに……」と、自分とセックスしたことのある女の名前を歌います。モロッコ斉藤のセックステクニックの見事さはこの会社の二割の女性も知るところです。二年後輩のうすくらがいりやみあんたろうが何を歌っているのかは誰も知りません。たしかに口はパクパク動いているのですが、声が聞こえてこないのです。彼はびっこです。もちろん自作の歌ばかりではありません。宇多田ヒカルを歌う人もいます。サブちゃんを歌う人もいますし、マリリンマンソンを歌う人もいるのです。
 そんなエーミールは最近、歌を歌うのが辛くなっていました。なぜだか分からないけれど、エーミールはこの仕事が面白くなくなっていたのです。

 自分が「世界の終わり」であるとエーミールが気づいたのは、文学フリマで販売された中学時代の友達の小説を読み終えたときでした。

サイコロ少女

「サイコロの海の中を少女が必死に泳いでいる」

彼がみたそんな白昼夢からはサイコロの形をした少女が飛びだしてきました。ある日の午後、大学をサボタージュした彼の無意識が、サイコロの少女を産みだしたのです。
少女はゴドンゴドンと転がりながら、部屋を移動します。そんなもんで、ようやく起きあがった彼はビックリして、あくびも忘れます。
彼は寝おきながらも、こいつは一体、なんぞや? と考えます。そしてひどく論理的に実験を開始するのです。彼がなぜ、少女をどっかへやってしまわないのかと言えば、彼は暇だったのです。
まず、パンパンと手をたたいてみます。反応はしますが、近くへはきません。金魚や鯉のような性質はないようです。
次にチョイチョイと手招きすると、おおきな黒目をぐるりと彼にむけます。右手の指先を差しだしてみると、近づいてきました。一面にある顔を近づけて、鼻でクンクン、と指を嗅ぎます。そっと左手の平で髪の毛らしいあたりを撫でるとニッコリと笑い、喉を撫でるとウットリとしました。猫の性質を持っているようです。
「ふうん、こりゃ奇怪で愉快だ」
彼はさらに調べます。
ヒョイと持ちあげます。たいした重さではありません。いやがる様子もありません。彼は一面ずつ少女を調べます。

一面……顔と首。黒いオカッパ頭で、目は切れ長。ホオズキのような唇が映えます。
顔面の両側面……右腕と左腕。二重丸模様の着物を着ているようです。
首の下に当たる面……上半身。小さな胸の膨らみは、少女を少女だと再確認させます。
上半身に連なる面……下半身。
下半身に連なる面……足袋をはいた足のうら。着物の奥ものぞけましたが、少女が「見てはイヤ」というように頬を赤らめたので、やめました。(このとき、彼は少女が直接的な反抗にでられないこと・口をきけないだろうということを知りました)

つまり――少女は人間が両手を広げて、十字架の形になったものが六分割されて、サイコロの形を成しているのでした。彼はいろいろと調べた結果、以下のことがわかりました。

・サイコロの角はかくばっておらず、手に優しいこと。
・顔をなめてみれば嫌悪感をしめし、実際に汗のしょっぱい味がしたこと。
・少女自身でピョンピョン跳ぶことはできず、移動方法が転がることだけであること。
・顔の面が下になって移動したとしても、痛みはなさそうであること。
・持ちあげて、少女を運んでやることは嫌がらないこと。
・顔の面の表情はゆたかでコロコロと変わるが、他の面はあまり動かないこと。

そういった性質を知ったあと、彼は少女をしばらく自由にさせてみました。すると、ユニットバスのほうにむかって、なにかお願いするような顔をしました。
「トイレか?」
   少女はちがう、という顔をします。
「風呂か?」
   少女はうなずくようにする。
そういうので、彼はシャワーをだしてやりました。
「ドアを閉めてよ」というようにするので、閉めるふりをして、隙間から少女をのぞきました。
せまいユニットバス内。少女は濡れないように上手に転がると、着物が一面ごとに脱げていきました。五面すべて、脱ぎおわると少女は肌色の物体になりました。
さて、どうやって浴槽に入るのでしょうか? 少女が浴槽に密着すると、吸盤のように面がくっついて、ゴドンゴドンゴロロンと、なんなく浴槽に入って、お湯を浴びたようです。入浴を終えたあとも、彼は確認しましたが、少女の体は拭いてやる必要はなさそうでした。
すっかり、服を着てしまうと、彼はドアを開けてあげました。彼女は壁などを移動できるヤモリのような性質がありましたが、ひねるや押す引くなどの行動はできないようでした。
こういった面白い性質の少女は、翌日になっても家にいました。ですから、彼は少女「コロ子」と名づけて、自分の彼女としました。

大学にチョクチョクかよいながら、彼はコロ子といっしょに生活をしました。コロ子はトイレにも入り、食事も皿におおいかぶさってペロリと食べます。ときに、彼はコロ子を腰の上にのせて、夜を過ごします。そんなときは、コロ子も恥じらいをもちながらも、恍惚を顔いっぱいにひろげているのです。三ヶ月も生活をともにするうちに、彼は少女の移動だけで、コロ子の喜怒哀楽がわかるほどになっていました。コロ子を外に連れだすことはしませんでした。彼は四角い部屋から少女を出してやらなかったのです。
一方で、彼は大学のゼミがいっしょのある女性を気にかけておりました。彼女はユリ子といいました。ユリ子はイタズラっぽく笑い、皮肉っぽく口を動かしました。それは従順なコロ子がもちえない“魔”という魅力であるのです。

ある日、彼はふと思いついたように、サイコロを買ってかえりました。
五つほどのサイコロを床に置きます。コロ子は反応をしめしながらも、興味はしめさないようでした。その日の夜も、彼はコロ子を自分の上にのせて過ごしましたが、目をつむってイメージしたのはユリ子の超自然なすがたばかりでした。そのことを本能的に知ったコロ子は、性に溺れながら、涙を流しました。しかし、その涙にも、目をつむった彼は気づくはずもありません。
彼はある日の学校の帰りを、ユリ子とともにしました。ときに引きつるエクボ、濡れた舌やそれをまもる真っ白な歯が、彼を夢中にしました。そんな二人は帰路でこんな会話をしました。
「ホホホ。あの先生はそんなに愉快なかたなのですか?」
「そうだとも。それにN先生なんてのは有名な作家だが、DV疑惑がたえないのさ、これは事実かもしれないよ」
「DV……ですか?」
「ああ、ドメスティックバイオレンス。どこか悪い風聞だと思っていたんだけれどね。今年、授業を受けていると、わかるよ。N先生はそういう類のストレスを溜めている。常にあいつをどうしてやろう、こいつをこうしてやろう、なんて考えている。顎の髭を気にするのは、きっとその兆候さ」
「まあ、ずいぶんと熱心な研究家ですこと」
「ハハハ。あ、セミだ。それにK先生なんてのはたいした論文もださずに、媚ばかりを売って生きているだけの野郎さ。彼の論旨はかたよりすぎている」
「あら、そんなこと言っちゃあ可愛そうでありませんか」
「どうしてだい、事実だろう」
「K先生、奥さまはおろか、彼女だっていないのですから。社会的に高い地位にいたいのでしょう。それはしかたのないことですよ」
「そうか……それもそうなのかな。しかし、そんなことを言ったら、僕だって彼女はいないぜ」
「あら、そうなのですか?」
「そうだとも、まったく淋しい身さ」
「まあ、あたくしもいえた義理ではありませんね。あたくしも彼氏がいませんもの」
「そいつは本当かい? いや、冗談だね」
「冗談なものですか。高等学校なんて女学校でしたから、男性に触れたことなんてありませんわ」
「ハハハ」「ホホホ」

そういった話をしたんだと、彼は愉快にコロ子にはなしました。コロ子は心と裏腹に「エエ、エエ、それはよかったですねえ」と屈託のない表情で傾聴しました。コロ子は、もう彼が自分を女性としてみていないことを知りました。
   翌日、彼が学校に行くと、コロ子はサイコロをつかって、自分の性を、はじめて自分だけで楽しみました。しかし、どれほど気持ちよくても、彼から気持ちを離すことができませんでした。コロ子は死んでしまおうかと思ったけれど、自分の死すらも知らなかったのであきらめました。

「今日の発表、すばらしかったですわ」
ヒマワリがうなだれる、夕暮れの帰りみちです。
「そうだろう。いや、ありがとう」
「あたくし、あの詩人が小説を書いていることすら知りませんでしたわ」
「ああ、全集にしか載っていないからね」
「全集をお読みになったんですの?」
「ああ、面白いもんだヨ」
「勉強熱心ですのネ」
「ハハハ。勉強熱心な男は好きかい?」
「好きですわ」
「じゃあ、明日、勉強熱心な男のウチにくるといい。全集も読ませてあげるし、いろいろな音楽も聴かせてあげよう」
「ええ、ではむかわせていただきます」
「ハハハ」「ホホホ」

   家に帰ると、いつもは玄関前にいるコロ子がいませんでした。奥でゴドゴドと音がします。なにやら様子が可笑しいので、ドアの隙間からそっとのぞくと、彼はコロ子が一人で性を楽しんでいるのを見ました。
コロ子は買ってきてやったサイコロ五つに弄ばれていました。
「なんてことだ。僕のことをわすれて一人、楽しんでやがる」
彼はいきどおりました。じっさいのところ、コロ子が彼のことを忘れるなど、片時としてなかったのですが、理不尽な彼は冷静にはなれませんでした。部屋に入るなり、こう叫びました。
「おい、僕を忘れてそんなサイコロ達と遊んでいていいと思っているのか! それはおまえのオモチャとして買ってきたわけじゃないぞ。ただ、おまえがどんな反応をしめすのか、興味があっただけだ。
それなのに、なんだ?
食事も食わせてる。風呂も入らせてやってる。なにより部屋だって使わせてやっているだろうが。恩知らずが!」
   こうしゃべっているうちに、彼は冷静になっていきました。彼はそういう性質(たち)なのです。明日、ユリ子がここにくる。こんなモノがいて、ユリ子はおびえるだろうか? おびえるだろう。それはならない。
「まったく、おまえのようなものは必要ない! でていけ!」
   そう言って、窓を開けた彼は、コロ子を持ちあげました。コロ子はもう泣いて泣いて、謝罪の面(つら)をしましたけれど、従順なコロ子は従順にしか、なれませんでした。
   彼は窓から彼女をフリました。コロ子はフラレタとき、はじめて自分がサイコロであることを思いだしました。
   賽を振られたコロ子は暗闇の中にポワンと消えゆきました。それこそなにより、彼がコロ子を意識の層から無意識の層に押しやってしまった証拠でした。

 しかし、この小説と『「世界の終わり」の自覚』については実を言うと、なにも関係がありません。エーリヒ・ケストナーのもとへとエーミール(これはワタナベ・エーミールではありません)が突然やってきたようにワタナベ・エーミールのもとに「世界の終わり」は突然やってきたのです。
「ぼくってワタナベ・エーミールだよなあ」
「イニシャルの頭文字」
「イニシャルの頭文字はWとE」
「WE?」
「WEだ」
「ぼくって、、、ぼくたちなのかも」
「それに」
「WE」
「ワールズエンド?」
「ぼくたちって世界の終わりなのかも」

 エーミールはあくる日、「ホーイ、バントライン」と口ずさんでいる同年入社の浅暮乱墓に話しかけました。
「ねえ、アサグレくん。ぼくってぼくたちなんだ」
「どこまでも行こう」
「それでね、ぼくたちって世界の終わりでもあるんだよ」
「バントラインとぼくを照らしていて」
「ねえ、これってすごいよね」
「いいかい、よーく聞くんだ。君の言っていることはちゃんちゃらおかしい。
 まず第一に「ぼくはぼくたち」ってところだ。ぼくっているのは単数のことで、君が自分のことをぼくと呼ぶならば、それは正しい。でも、ぼくたちになると、それは複数を指すために君個人を指すことはできないんだ。だから、ぼくはぼくたちという言葉は成立していないんだよ。
 もう一つ、世界の終わり。おれは得てして、世界の終わりについて過分に知らないけれども、恐らく世界の終わりがくるならば、天変地異に類する現象のことだろう。つまり、君のようなたった一人の人間が、世界の終わりなんて……おれは鼻で笑いたくなるよ」
(ふん)
「でもぼくたちはワタナベ・エーミールなんだ」
「他人の言う正しさを信用できないなら、君は狂っているよ。おれの恋人もそうして狂っていったんだからね」
 そう言い切ってしまうと浅暮は、また歌を口ずさみながら、クールボックスをひいて、どこかに行ってしまいました。
(目抜き通りの爆弾騒ぎ)
 狂っているのでしょうか? エーミールにはそのことが気にかかって、お弁当の昆布の梅肉和えを残してしまいました。いつもなら食べるのです
「ぼくたちって狂っているのかな」
「おめえだけだ、狂ってんのは」
「ぼくたちって狂っているのかな」
「狂っているほど仕事をしてるってことか? なら狂え狂え」
「ねえ、ぼくたちって狂っているのかな」
「狂っていてもなんでも仕事をしろよ」
「狂って……」
「ええ加減にせんと気い狂って死ぬ」
「狂って」
「いいから仕事をしろ! ラインの作業を止めるな」
 エーミールは口をつぐんで仕事をした。流れてくる大小の荷物の内、自分が担当する番号の荷物をより抜き、どんどんシューターに流していった。シューターに流れた荷物は社員の紀の国健次が懸命にボックスに積んでいきます。

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