見出し画像

詩「令和三年七月十七日の塩柱」

振り返ることができない者がある
何かに縛られたように だから
振り返ることのできるものは
潮の流れた地を見つめ 柱へ触れよ

あなたを探した酷暑の週末
太陽は側溝にずるり滑り落ちていた
感応する丁字路と二台の静まる補助輪
切れかけのライター
チープなスケルトンブルーの使い捨て
火打つ金の擦過音に耳が寄る真昼時
私は足が吊りそうで
塩柱を舐めて不足を満たしたい

私は振り返らずひたすら足伸ばす
何も待たず立ち止まらず足伸ばす
古いアパートが見え
くすんだ窓ガラスに整列する
色あせた天使のプリントシャツが見えた
想い出がシミみたいにじわり滲みゆけば
廃品回収車のアナウンスが響きわたる
防犯パトロール強化区域
甚だ巨大な繭が私を見下ろす新宿周辺
甚だ巨大な塩柱を舐めたい午后の酷暑

――私は明日頭を強く打つだろう
陽炎に掴まれた足をもつれさせ
もはや過去となった事柄も
この時には未来であった
巡りくる肩に背に首に頭に残る痛み
足を吊りそうな痛み
見失われたあなたの痛み――

オリンピック・ストア
クスリの龍生堂薬局
コカ・コーラ自販機
民家には小さな日の丸国旗
あまたのものが
ずるり滑り落ちた太陽みたいだ
側溝を流れ溝鼠に食われ
川より塩の海へ僅かに流れゆき
海面をぺらぺら照らせ
太陽食んだ溝鼠の腹は燃えうる
草木も空も烈火に燃えうる
蝉も燃えでてじりりと震える
日陰の道を選び私は吊りそうな足で
あとはゆくだけだが
モダンな建物に描かれた
不思議なシンボルのなかに
激しい業火を見いだして
私の心はただ不安となった

私は塩の柱を舐めたかった
私は太陽を僅かでも食べたかった
それでも吊りそうな足で
何も待たず立ち止まらず
それらの脇を通っていった

――明日、私は頭をうった
過去と未来が混濁する酷暑に
行き過ぎた足がもつれて
私から離れていった――

振り返ることができない者がある
何かに縛られたように だから
振り返ることのできた私は
不足する足であなたを探していた
見返りも求めず
ただあなたが塩柱を舐めようとした
足跡を求めて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?