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身体模様

姪っ子の身体がとても美しかった。

熱海へと家族旅行に行った。
私たち家族に、父母、弟家族、それに家族同然の母の友人合わせて12人の大所帯だ。

泊まる場所は老舗ホテルの大野屋。
ここはスタジオジブリのアニメ「おもひで
ぽろぽろ」の一場面として、小学5年生のタエ子ちゃんが、おばあちゃんと一泊旅行へとやってくる場所だ。
三色スミレ風呂にローマ風呂など、アニメとほとんど変わらない大野屋のお風呂は、多彩なバリエーションがありとても楽しい。

ローマ風呂は高い天井とプールみたいに広々とした湯船が特徴だ。全体に白を基調としていて、柱の装飾も豪華で、まさしくローマの神殿の風合いのお風呂である。

朝のローマ風呂は人もまばらだった。

私はタエ子ちゃんと歳の近い姪っ子2人と、私の母と湯船に浸かった。

ふと12歳になった姪っ子の身体が目に入った。長い手足に小さく膨らんだ形の良い乳房。
程よく縦長なお尻はキュッと引き締まり、後ろから見たら、柔らかに半円を描く腰のラインが、まるで国宝級の壺の様だった。

見惚れてしまうくらいに美しい身体に、じきに子供を凌駕してしまうであろう彼女の、少しだけ大人っぽく成長した目鼻立ち。
行儀よく配置されたそれらが、少女の恥じらいを顔中に滲ませている。

意識的か無意識的かわからないけど、身体の凹凸を隠そうとしている両手のしおらしさが、彼女にはよく似合っていると思った。

年頃の美しさはそれぞれの年代にあるけれど、蕾がまだ自分の花開く美しい姿を知らぬままに、幾重にも重なる花びらを一重だけ綻ばせるその様は、たった今、目の前にいる姪っ子の、その仕草や身体そのものなのだった。

周りを見渡せば、中年や年配の女性もいる。

梅干しみたいにしわっとしたお腹を折り曲げながら身体を洗っている人や、ひょろっとした細長い手足を湯船に気持ちよく泳がせている人。脂肪がたくさんついた洋梨のような体型の身体を、ゆさゆさと揺すりながら堂々と歩いている人もいる。

私の母のお腹には、おへそから縦にまっすぐ伸びた古い縫い傷がある。
そして私にも子宮を横に切った傷が、まだ赤みを帯びて横たわっている。

赤ちゃんを産み出したお腹のポケットを縫い合わせるため、皮膚は四方八方から引っ張られて、まるでミッフィーのお口みたいだなと思う。

ある話を思い出した。
乳がんを患った年配の女性が、温泉に入った時のこと。
片方の乳房は切断されて平たかった。

その時小さな子供がおっきな声で、「あのおばちゃんはなんでお胸がないの?」と彼女の母親に尋ねた。
彼女のお母さんは「悪いことをして閻魔様に取られちゃったんだよ。」と幼子に答えた。

年配の女性は、それはそれは悲しくてたまらなかったそうだ。一緒にいた友人が怒りを露わにしてくれなかったら、もっと悲しくて仕方なかったかも知れないなと思う。

女性の身体には、様々に傷がつく。
ちくちく縫われたり切り離されたりして。
つぎはぎした布みたいに、少しだけ縮れた皮膚と皮膚が縫合されて、いずれは掠れた模様になっていく。

1人で風呂場を行き来する女性たちの、とりどりの傷や身体のつぎはぎを生々しく感じるのとは反対に、身体中に繋がるコンセントを切られたかのように所在なく存在する彼女たちの空虚な表情は、湯気に煙る風呂場の幽霊さながらで、私は思わず見つめてしまうのだった。

そして、目の前を行き来する12歳の姪っ子の鮮やかな身体は、羽を広げる前の綺麗な蝶々みたいで、感嘆のため息がでるのと同時に、わたしのお腹に横たわる小さな赤い傷が、少しだけ疼いたような気持ちがした。






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