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メキシコ滞在記 vol.3

タクシードライバー


メキシコで乗ってはいけない乗り物の一位はタクシーだ。
私がメキシコ北部のモンテレーに暮らしていた1990年代後半も同様で、現地に暮らす日本人の責任者からタクシーを利用しないようにと
きつく言われていた。
外国でタクシーに乗り誘拐された例や、お金を強引に奪われた例、様々な犯罪行為がタクシーと紐付けされていた。

「デンジャラスタクシー論」を聞く度に私は声を大にして言いたくなる。
190番のナンバープレートをつけたタクシーのお兄さんや、その他大勢のタクシーのおじさん達のことを。

タクシーには乗るなと言われていたけれど、父が不在の時には必要にかられて利用することが度々あった。
190番のお兄さんのタクシーに初めて乗ったのはいつだったろう。
顔も身体も丸い曲線を描いているような、南米のサンタクロースみたいに優しい顔つきをした運転手だった。

ある日私だけが友達のおうちからタクシーを利用して帰ることになった。
そこに迎えにきてくれたのが、偶然にも190番のお兄さんだった。
私も彼もお互いを覚えていたので、小さな親しみを目配せと挨拶で交換しつつ車に乗り込んだ。

メキシコの日差しに負けない明るい緑と白を基調としたビートルタクシーは走り出す。
一人でタクシーに乗ったのはこれが初めてだった様に思う。
走りだしてから少したった頃、190番のお兄さんが身振り手振りを加えながら話しかけてきた。
どうやら「少し寄りたいところがあるけどいいか?」といっているらしかった。
タクシーは既に市街地のはずれのなだらかな勾配の山道を登り始めていた。
明らかに私の家へは向かってはいなかった。

まずい。誘拐されるのかな。
私は心臓がどきどきしてきた。

タクシーは私を乗せてゆっくりと山道を登り続けている。と、車は斜めになったまま停車した。
190番のお兄さんが呼ぶと、小さな家の中から数人が顔をだした。
「ミーエスポーサ」
「ミーマドレ」
「ミーイハ」
全員がはにかむようにこちらにほほえみかけてくる。
私は瞬間に不安の芽を摘み取ることができた。
目の前には彼のファミリーが勢揃いしていた。
全員がもの珍しそうに私を見つめる。
反面、さざ波のように親しみの情をこちらに寄せてくる。
私は先ほどまでの心細さをすっかり忘れて彼らと挨拶を交わす。
彼は満足そうに私たちの様子を眺めている。

一通りの交流が済んで、タクシーは緩やかな勾配を下り始めた。
無事に家へと帰った私は心から安堵したけれど、190番のお兄さんが示してくれた友好をじんわりと噛みしめながら、さきほどの短い冒険を母に報告した。

あの時190番のお兄さんは、私という珍客を自分の家族に会わせたくてたまらなかったのだろう。
はるばる海を越えてやってきた来た、アジアの中の豆粒みたいに小さな島国の娘を。

人を乗せて目的地へと走る単調な仕事の中に、あの日は少しだけ奇妙な興奮を乗っけて、自分でも気づかないほどの淡い誇りをその肌に纏いながら、きっと彼は私を自分の家族の元へと運んだのだろう。

ほとんど例外なくすべてのタクシーのフロントガラスの側で揺れていたマリア様や、張り付けにされたキリストの絵のチャームに、ごちゃごちゃした装飾のついた十字架の束。
マリアッチが流れて、開け放した窓から気持ちのいい風が流れ込んでくる。
車窓からは、家々の壁からこぼれ落ちるようにたわわに咲いているピンクや赤のブーゲンビリアが、青空に顔をのぞかせているのが見える。どのタクシーのおじちゃん達も、気のいいスペイン語で話しかけてくる。
私は安心した気持ちになって、外の景色に寄りかかっている。
これが私が体験したメキシコのタクシーだった。

私の安全がただのラッキーや偶然が重なりあった結果だったとしても、自分たちの信仰する神様や、それに付随するものを車にどっさり詰め込んだメキシコのタクシーを、私は親愛の情を込めて見つめていたい。

一筋の光りの矢が、茶色く濁った泥の河に射し込むように、傍目には見えなくても、確実に河底を触っている光りの在処を疑うことなく信じられる確かな信仰を持つ人々を、どうしても信じていたいのだと思う。


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