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かつら界の大御所:山田さん

 テレビ番組や映画のエンドロールを見ていると、かならず目に止まる人物がいる。

 それはカメラマン、照明、スタイリストの次あたりに流れる「かつら」担当の山田かつらさんである。

 小学生の頃から今に至るまでのわたし個人的な統計では、山田さんのかつら担当率はめちゃくちゃ高い。有名どころの作品ではほぼかつらは山田さんが担当している。山田さんはかつら界の大御所どころか、テレビ・映画業界のかつら需要をほぼ独占しているのである。

 他の方がかつらを担当したというスタッフロールを私は見たことがない。

 そんなやり手の山田さんの顔は一度も拝見したことがないが、なんとなくこのような山田さんを思い描いていた。


 大阪出身の小太りのおばちゃんである山田さんは、ちんちくりんな体躯からは想像ができないほどエネルギッシュで、いつもたくさんのアシスタントを引き連れて忙しそうに仕事をこなしている。

 忙しいはずだ、かつら提供を独占しているのだから。

 カラフルな柄と柄をおしゃれに着こなし、トレードマークは首から下げているチェーンがついた赤いフレームのメガネ。ちなみにご本人はいたってかつらではない。

 一代でかつら業界を牛耳るくらいなのだから、おそらく芸名なのだろうが、名前に看板商品を入れているのもうなずける。それくらい財力があればたとえ離婚していても女手ひとつで息子を立派に育てているのかも、むしろ結婚なんてしないでじゃんじゃん生んじゃっているのかも。

 恐るべき山田女史。

 そしてなぜか山田女史に想いをはせる。

 ああ、山田さん、いい歳なんだからあんまり頑張りすぎないで。体を壊してしまわぬよう気をつけて。


 先日、夫とふたりで友人の彼氏のコントを観た帰り、新宿からロマンスカーに乗っていたときのこと。窓の外を眺めていたらショッキングな看板が目にはいった。その看板は狛江駅と喜多見駅の間にあった。

 『山田かつら』である。

 看板の佇まいから、それは人の名前ではなく、会社の名前っぽい感じだった。嫌な予感がしてスマホでググってみると……やはり『山田かつら』は人名ではなく会社名だったのだ。創業は大正十五年。老舗である。

 『山田かつら』が『吉田かばん』や『えりこネイル』という“名前+商品”という組み合わせだったなんて。

 そのことを知ってから、今度は薄毛の山田社長の高校生の娘さんが「かつらの仕事なんてしたくないのに」としくしく泣いている光景が浮かんできて頭から離れない。

 母親は娘にこう語り始める。「あんたね、あたしは大阪で生まれて、かつらへの愛ひとすじでここまで会社を大きくしたんやで!」

……ってやっぱりあの山田かつら女史じゃないですかっ。


 ちなみに薄毛の山田社長は名ばかりの役職で、もちろん実権はかつら女史がにぎっているわけだが、自分のコンプレックスを隠すかつら産業のパイオニアである妻を心の底から尊敬しているのだ。

 かつら女史は勝気な女だが、穏やかな薄毛がフォローしているので、山田家は案外楽しくやっている。


 翻訳の直しの納期が迫っているが、妄想は尽きない。

 余談だが、私が調べたところによると、代表取締役社長含む役員のみなさんの中に「山田さん」はひとりもいなかった(この文を執筆当時)。親族経営ですらなかった。


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