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短編小説2 忘却

 お題:「コカイン」「過剰摂取」「忘れる」
何で、連続でこんなにお題が暗いのだろうか。
もうちょっと楽しいお題で書きたい…。

※注

「コカイン」を文中に出しているのでお気をつけてください。


 
 俺は何か忘れている。それは多分物凄く重要で、絶対に忘れてはいけないことのはずなのに、どうしても思い出せない。
 数日前に何か強い衝撃を受け、気を失った後に病院へと搬送された。精密な検査の結果、俺は記憶の半分近くを失っていることが分かった。それは、基本的な物や事柄に関する事だったり、俺の日常的な記憶だったりが穴抜けになっているようだ。
 俺は今、近所にある病院に入院しており、主治医には毎日一定量のコカインという薬を処方されている。医者によると、このコカインと言う薬を服用することで失った記憶が断片的に戻るらしい。
実際に毎日一定量を服用することで、俺は少しずつ記憶を取り戻しつつある。しかし、記憶を取り戻せば取り戻すほどに、何か忘れてはいけないことを忘れているのだといった焦りが強くなる。
 その焦りは日に日に強くなり、焦りは次第に怒りへと変わりつつある。俺は、医者にコカインの処方量を増やすように掛け合い、日に日に服用するコカインの量は多くなっていく。 
 俺はいったい何を忘れているのだろうか。
 日に日にます焦燥感によって俺は、食欲が落ち目に見えるほどにやせ細っている。鏡に映る俺の目は落ちくぼみ、頬は痩せこけ、髪もまだらに抜け落ちている。
 俺は何を忘れているのか、その記憶はなぜ重要なのかそれすら思い出せない。

 その日は突然やってきた。
 俺は、朝から晩までコカインを服用し続けていた。何時ものように、惰性でコカインを服用する。その時、目の前が真っ赤に染まった。比喩ではない、赤いペンキを目の中にこぼされたかのように目の前が赤一色に染まる。
 鼻から何か生温かい液体が流れだし、体中が痒い。考えがまとまらず、もはや自分の名前すら朧げになっている。
 そうだ、そうだ。思い出した。
 俺は朧気でかすむ意識の中ですべてを思い出した。俺はこの病院の医者の運転する車に追突された衝撃で記憶をなくしたんだ。
 そして、俺は何でコカインを何も疑わずに服用していたのだろうか。コカインは薬なんかじゃない。薬として使用してもこんな風に量を考えずに服用させないだろう。
 本来は、医者を恨むべきなのだろう。しかし、俺は全てを思い出した多幸感で満たされていた。俺は思い出せた事への喜びと開放感のまま、朧気に霞む意識に身を投じた。

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