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短編小説1 ペン回し 

お題:「ペン回し」「ジレンマ」「認知症」


僕は今日も勉強しているふりをして、ペン回しをする。

 同じクラスの佐藤がきっかけだったと覚えている。
 高校生の兄がいる佐藤が、家で覚えてきたペン回しをクラスで披露した。今思えば稚拙で、ペン回しとも呼べるものではなかった。でも、学校という、退屈気回りない空間に押し込められていた僕等にとって、ペン回しは都合の良い暇つぶしだった。
 2.3日もすれば、僕たちは何処からともなく覚えた技を互いに競いあい。そして、もう数日もしたら、購買のデザートやパンを賭けて勝負をしあう。
 僕たちは授業中も授業外もなくペン回しの練習に励んだ。そんな僕たちを女子は蔑みような目で見ていた。それでも、僕たちはペン回しを続ける。
 僕たちにとって、ペン回しはただの暇つぶしではなかった。お互いがお互いの技を魅せあい、高め合う。スポーツであり芸術ある。ペン回しは、僕たちの青春の全てだと言っても過言ではないだろう。
 だから僕は今日勉強をしているふりをして、ペン回しをする。でも、何故か分からないが今日は調子が悪い。指先は、油が切れたブリキの人形のように動かない。
 ペンを回そうとしては取り落とし、傍にいる女性が拾い上げてくれる。
 こんな事ではクラスメイトに笑われてしまうし、デザートもパンもみんな取られてしまう。
 なぜうまくできないのだろうか、昨日までは上手くできていたのに。
 僕は何かに駆り立てられるように、何度も何度もペンを回そうと挑戦する。しかし、その度にペンを取り落とす。
 傍に立つ女性は何も言わず、その度に微笑みながらペンを拾い上げ、僕に手渡してくれる。
 それにしても、嫌にお腹がすいた。時計を見れば13時を過ぎている。道理でお腹がすくはずだ。昼食もとらずこんな時間になってしまったんだ。
 僕は周囲を見渡すが、母も先生も誰もいない。仕方がない、僕は傍で微笑む女性に尋ねる。
 「お昼ご飯はまだでしょうか」

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