見出し画像

短編小説4 架空請求

お題:「架空請求」「秋」「不愛想」
➡書き終わってから「不愛想」の存在を思い出しました…
なので、不愛想要素はないです。すみません


俺、山田正は今日、山田正の実の両親に架空請求を行う。
夏の暑さが薄れ、道を行きかう人々の中に、ちらほらと長袖を着ている人が出始める季節。俺は、パーカのフードをかぶり、行きかう人々の流れに逆らって歩いている。

 俺は先月、架空請求の被害にあった。こんな詐欺引っかかるのなんて年寄りか、よほどの世間知らずだけだと馬鹿にしていた。しかし奴らは俺が想像していたよりも狡猾な手口で
行っていた。俺がそれが詐欺だと気が付いたときにはすでに遅く。300万あった俺の預金は、
数百円になっていた。
その300万は、俺が25歳の頃からこれまでの十数年間。幼い頃からの夢だった車を買うために貯めていた預金だった。やっと目標金額に達し、念願の車を買うためにディーラーを探していた矢先に架空請求の被害にあった。
俺は悔しくてたまらなかった。詐欺なんてものは馬鹿な奴が引っかかるものだ。俺のように、頭が切れて賢い男が詐欺なんて引っかかるわけがないと思っていたからか。今回の件は屈辱的で思った以上に頭に血が上ってしまった。
俺は血眼で、詐欺会社を探しだそうと模索したがついに見つかることはなかった。俺はこの屈辱感をどう晴らそうか。また、次の給料日までどうやって生きていこうかと悩んでいた時、ひとつのアイディアを思いついた。
そうだ、両親に架空請求を行おうと。
両親とは十数年間一切連絡を取っていない。25歳の頃両親の顔を写真で見たっきり、見ていない。そのため、俺は両親が今どんな状況なのかもわからない。
 両親なら、もしも架空請求がばれても。年老いた両親が心配で老婆心で試したと言えば怒られるだろうが、罪に問われることはないだろう。
 俺は念のために携帯からではなく、近所の公園前に設置された電話ボックスへと向かう。俺だという証拠が残らぬように、パーカを深くかぶり、皮手袋を身に着ける。
 道を歩く人々全員が敵に思えてくる。俺は、さらにパーカーを深くかぶり直し、足早に電話ボックスへと向かう。
 しばらく歩くと、古ぼけた電話ボックスが見えてくる。今日日見なくなった赤色のボックス内に蛍光緑の電話が設置されている。俺は
電話ボックスへと入り、手帳にメモした実家の電話番号を確認する。指を手帳の上に滑らせ、一文字一文字確認しながら文字を打つ。
 受話器を耳に押し当て、応答を待つ。2コールの後に、受話器から訝し気な女性の声が聞こえる。
「もしもし、どちら様ですか」
「母さん、俺だよ俺」
「どちら様?」
「自分の息子の声も忘れたの、正だよ正」
「正かい!今まで何をしていたのよ、連絡もせずに」
「ごめんよ。連絡をしようとしていたんだけど、仕事が忙しくて。そんな事より、突然なんだけど、お金貸してくれない」
「お金?何かあったの」
「仕事で失敗しちゃってさ。今すぐに300万円必要で…。」
「…。分かったわ、すぐに用意する。銀行に振り込んだらいいの?」
「いや、銀行じゃなくてすぐに必要だから手渡しでお願い。でも、俺はいけなくて…。友達が実家まで取りに行ってくれるって言ってるんだ、だから友達に渡してほしい」
「わかったわ」
「母さん、ありがとう」 
 俺は電話を切った後、声を出して笑ってしまった。ここまで上手くいくとは思わなかった。やっぱり俺は頭がいい。300万手に入ったら今度こそ車を買おう。それか、いっそこのまま架空請求を続けるのも良いかもしれない。俺ならもっと稼げるだろう。
 俺はもうすぐ手に入る300万とこれからの未来に思いを馳ながら、足早に帰路に着く。
自宅へと帰り着いた俺は、クローゼットからスーツを取り出し、身にまとう。ワックスで髪を整える。
メモ帳を開き、実家の住所を確認する。電車を乗り継ぎ一軒家に着く。俺は軽く深呼吸をして家のドアをノックする。
「誰かいますか」
しばらく待つと、中からどたどたとした足音が聞こえ、勢いよく自宅のドアが開き、年配の女性が飛び出してくる。
「正の友達ですか?」女性は俺の言葉を聞かない内に、そう問いかけてくる。
「はい、正君の友達です。不躾ですがお金は」
女性は、銀行の封筒に入ったお金を俺に押し付けるように渡してくる。
「これです、正を正をよろしくお願いします」
女性は深々と俺にお辞儀をする。俺は思わず頬が緩みそうになるが何とか耐え返事を返す。
「はい、直ちに正君に渡します。ありがとうございますお母さん」
俺は、女性の返事を待たずに踵を返す。
余りにもうまくいった。やっぱり俺のように頭の良い人間は搾取する側に立たなければならない。
それにしても、山田家は鴨だ、母も、そして正も。簡単に金を渡し、簡単に戸籍を売る。

感謝をしなければならない、馬鹿がいてくれるから俺のようなやつが得をするんだ。
俺は思わず高笑いをしてしまいそうになる。
ポン。誰かが俺の方に触れる。
「えっ」
「正さん。いえ、山口和也さん。現行犯で逮捕します」
俺の後ろには数人の警察官が立っていた。なんで、絶対ばれてないはずなのに…。
「いや、お、俺は正に頼まれて」
俺は警察にそう言い訳をし、振り切ろうと肩を掴む手を払いのける。
「和也さん、貴方は知らないかもしれないですが。数日前に正さんの遺体が山中で発見されましてね。あなたの言う正さんはもういないわけですよ。」
俺は愕然とした。正の遺体が見つかったって、そんなはずがない、誰にも見つからない山奥に隠したのに。
何で、どこで歯車が狂った。可笑しい、可笑しい、俺のように頭のいい人間は搾取をする側のはずなのに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?