43日目〜水子供養〜
産休最後の週末。
お寺で水子供養をしてもらった。
娘は「赤ちゃんにお手紙書く!」と言って
張り切ってお手紙を書き始めた。
まだ文字は書けないのでシールをぺたぺた貼る。
「パパとママも書いて!」と言われたので
私と夫も書いた。
お花とお供え用のお菓子を買っていざ出発!
というところで、突然娘が「行きたくない。」と言い出した。
さっきまであんなに張り切っていたのに…。
なんとか宥めて行こうとするが
「いやだ!公園行くの!」と泣き始めた。
こうなるとテコでも動かない。
約束の時間も迫っていたので
夫と娘は公園に行ってもらい、機嫌が直ったら合流してもらうことにした。
お寺の入り口には階段があり
本堂は高台にあった。
こじんまりしているが、緑に囲まれて陽がよくあたっている。
供養の前に、ご住職からこんなお話があった。
仏教では、亡くなった人は極楽浄土に行く。
極楽浄土に行ったら、憎しみや怒りの感情は無くなるそうだ。
水子の霊も同じで、亡くなった子は家族にとっての守り神になり、いつも側で見守ってくれる。
普段生活していて、亡くなった人を近くに感じる事がある。
きらきらした陽射しやそよ風が吹いた時、
亡くなった人がそこにいるように感じる。
その気持ちを大切にして欲しい。
ご住職の優しい声を聞いているうちに、涙が溢れて止まらなくなった。
お経を読んで頂き、焼香をする。
手を合わせて、息子を想った。
ご住職によると、水子供養はいつ行っても良く、どのような形で行っても良い。
もちろんしなくても良い。
長い間供養してなかった人や、事情により供養できなかった人がおばあちゃんになってから水子供養に来る事もあるそうだ。
息子のお骨はそのままお寺で預かってもらうことにした。
毎年春と秋のお彼岸とお盆に供養をしてもらえるし、水子供養のお地蔵さんにいつでもお参りに来て良いとの事だった。
ちなみにお骨の一部は、小さなケースに入れて自宅に置いてある。
息子が寂しくないように、いつも娘と一緒に遊んでいる部屋にした。
きっといつも娘の笑い声を聞いているんじゃないかと思う。
とうとう夫と娘は来なかった。
本当は家族で来たかったけど、ボロボロ泣く姿を娘に見せると不安にさせてしまうだろうから、一人でゆっくりご住職と話が出来て良かったかもしれない。
お寺を後にして夫と娘と合流した時、まだ娘はしくしく泣いていた。
どうやらお寺に行くのが怖かったらしい。
私が入院した時も、赤ちゃんがお空に還った話をした時も、全く泣かなかった娘。
娘なりに色々感じる事があったのかな。
娘の気持ちが落ち着いたら、今度は家族みんなで一緒に来たい。
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