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ハンセン病呼称の変遷(2)

1995(平成7)年4月に開催された日本らい学会総会において「らい予防法」検討委員会より1年間の検討を経た結果報告が行われた。その報告書の前文に,次のような一文が書かれている。

…なお,「旧法」に関連する論述と医学用語には“らい”を用い,その他には“ハンセン病”を用いる。

この日本らい学会の反省表明を受けて,厚生省から委託を受けている「ハンセン病予防事業対策調査検討会(座長大谷藤郎)が「中間報告書」を作成し,厚生省に提出している。その「Ⅲ 社会的見地から」に,呼称の問題が書かれている。

ハンセン病はかつて癩病あるいはらいと呼ばれ,現在も学名や法律用語としてはらいが使われている。ハンセン病の特色は,医学的なこともさることながら,「らいを病む人とその家族」に対して社会から加えられた仮借なき差別の存在である。
らいという言葉そのものが「怖いもの」「卑しむべきもの」「汚いもの」などと連想され,本人だけでなく家族,親族までが結婚,就学,就職,交際等社会生活のあらゆる分野において陰に陽に不当な差別を受けてみた。病気を秘密にしようとして数多くの悲劇がみられ,遂には自殺,一家心中にまで至った例もある。
ここ十数年来関係者の努力により,ハンセン病と通称されるようになってきて,若い世代にはハンセン病に対する偏見差別は少なくなったといわれている。しかし,それは必ずしも「真実を理解し差別を克服した」というものではないから,なにかのきっかけによって思いがけない問題は起こっている。らいについては,日本社会の深層において今なお根強い嫌悪感・差別意識が存在している。
このような人権侵害と思われる間違った偏見・固定観念・社会的烙印(スティグマ)を生じさせた原因は,病気そのものの悲惨な症状に対する蔑視的な感情に加えて,かつて遺伝病であり,血統病であるという昔ながらの誤った因習的な固定観念が拭いきれなかったこと,近代医学の名によって不治の伝染病というこれも過剰な恐怖感があおられたことなどがあげられる。いずれも医学的社会的に合理的ではない。
             (中略)
ハンセン病差別撤廃の啓発普及の活動を行っていくことはもとより重要である。しかし,同時にⅠに述べた医学的見解を象徴する「らい予防法の廃止」と「らいの呼称をすべてハンセン病に変更する手続き」をとることこそが,らいの固定観念,社会的烙印(スティグマ)を払拭することに大きく寄与するものと考えられる。

この報告書の提言を受けて,厚生省内に「らい予防法見直し検討会」が設置され,1955(平成7)年12月に「報告書」が提出された。

4 社会的考察
(2)疾病の呼称の取扱
「らい(癩)」という病名には,古くからの偏見などがつきまとってきたことから,関係者の強い要望とその努力により,らい菌の発見者にちなんだ「ハンセン病」という呼び名が一般的になっているが,法律用語及び学術用語には,依然として「らい」の語が用いられている。国は,らい予防法の見直しに際し,法令における「らい」という言葉を「ハンセン病」に改めるべきである。また,学術用語についても,関係機関の積極的な対応が望まれる。

これらの提言を受けて,「らい予防法の廃止に関する法律」が国会で成立した。この法律において,「らい」が「ハンセン病」に変更された。

第八条 国立病院特別会計法(昭和二十四年法律第百九十号)の一部を次のように改正する。
 第一条第二項中「らい療養所」を「国立ハンセン病療養所」に改める。
第十三条  厚生省設置法(昭和二十四年法律第百五十一号)の一部を次のように改正する。
 第五条第三十九号中「らい」を「ハンセン病」に改める。

こうした呼称問題,病名変更の経緯を知らず,今もなお「らい」「癩病」を平然と使い続け,しかも偏見・差別の意で使用している人が多い。実際に「癩筋」「らいの家系」等々の話を耳にすることがある。ハンセン病について昔ながらの知識や巷説,流言の類に左右されている人が多いのも事実である。啓発と教育の必要性を痛感する。

…日本語の世界で「ハンセン病」は戦後の呼び方にすぎない。これは言葉が自然に成長変化したのではなく,意識的な呼びかえが行われた結果だった。新聞,雑誌などでもはや「らい」の語は使われなくなったし,日本らい学会も日本ハンセン病学会に名称を変えている。「らい予防法」だけが,法律用語だということで例外的に「らい」の名を使いつづけていたが,予防法も改正され,歴史的な文章以外で「らい」の言葉は消えていくだろう。
こうした呼びかえが必要とされたこと自体,ハンセン病という病の特異性に起因している。
『「隔離」という病い-近代日本の医療空間』(武田徹)

「意識的な呼びかえ」がなぜ行われたのか,なぜ必要とされたのか,そして「癩病(患者)」「らい病(患者)」と呼ばれてきたハンセン病患者がなぜ改称を要望したのか,そこに「ハンセン病という病の特異性」がある。

ハンセン病は「癩者,レイパー」というように,「病」ではなく「人」に結びつけた名詞で呼ばれることが多い。このことも「特異性」を表している。

この「特異性」に理解を示すこともなく,自分の内面の問題に気づくこともなく,ハンセン病へと改称されたことを知りながらも,開き直ったかのように「らい」「癩病」の言葉を平気で使う人間がいることもまた「特異性」の証左だと思う。

部落史・ハンセン病問題・人権問題は終生のライフワークと思っています。埋没させてはいけない貴重な史資料を残すことは責務と思っています。そのために善意を活用させてもらい、公開していきたいと考えています。