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「渋染一揆」再考(6):古着と新調

『屑者重宝記』所収の「別段御触書」に,次の一文がある。

新ニ調候義ハ無紋渋染藍染之外ハ決て相成不申
一,家内不手廻ニて衣類新ニ拵候義難相成者共へハ木綿古着之類買調用へ候義先不苦事。
一,家計が苦しく着物を新調することがむずかしい者たちは,木綿の古着の類を買って着ることはかまわない。

無紋渋染藍染」の衣類の強制は,新調の場合であって,古着の場合は構わないと許可している。「歎願書」の文面を信じるならば,定紋付の着物を新調できるのは10人中1~2人であり,他の者は古着とのことであるから,実際にすぐ難渋することはないはずである。にもかかわらず彼らは気落ちし,昼夜に涙して歎いている。
「新調」にこだわっているのは岡山藩側であり,その目的が「倹約」であれば,穢多身分の実情は「歎願書」とはちがって,皆が新調しているほどに豊かであったことになる。また,豊かであり新調できる財力をもつ穢多身分ということになれば,純粋に「倹約」に反対したことになる。だが,平人(百姓)と同じ「倹約令」については承服すると言っていることから,「倹約」に反対しているとも思えない。「渋染・藍染」の衣類が木綿と比べてそれほどに安価とも思えない。

では,なぜそれほどに「無紋渋染藍染」の衣類に反対したのだろうか。はっきりしているのは,平人(百姓)との格差(差異)をつけた「倹約令」であることだ。身分による格差(差異)は,身分による別が当然であった江戸時代にあっても,これは「身分差別」である。穢多身分が平人とは「ちがった扱い」を受けていることは事実である。そして,この不当な扱いに対して彼らは「難渋」「心外」と思っている。それゆえ,穢多身分が差別されていないとは言えない。
『御倹約御触書』及び『禁服訟歎難訟記』『穢多共徒党一件留帳』に記載されている「別段御触書」にも,【乍併,急仕替候事ハ,却て費事,迷惑可致哉ニ付,麁抹之木綿衣類,其儘当分着用先不苦シ】(しかしながら急に仕替えるのでは,かえって費用もかかり,迷惑するかもしれないので,これまで所持している粗末な木綿の着物は,そのまま当分着用してもよい)の一文がある。

【麁】という文字,訓読みでは「あらい」である。「麁服」=「麁末」な衣類 であるから,「倹約」であると思う。むしろ,あえて「別段御触書」に書かれたことに意味があると考えている。
『御倹約御触書』の第1条には,次のように書かれている。

男女衣類可為木綿ゑり袖口にも田舎絹之類之外無用,綿服目立敷染物不相成夏物ハ木綿ゆかた染地布類,帷子奈良縞高宮稿生平之類持掛り不苦候
但七十以上十歳已下之者共有合せ候麁末之絹類裡下着ニ相用候義ハ不苦候,尤小児は小切継に持懸り不苦,併目立候品は不相成候事

領民に対しては【有合せ候麁末之絹類裡下着ニ相用候義ハ不苦候】(有り合わせている粗末な絹類は,裏地・下着に用いることはかまわない)であるが,穢多身分には「別段」にて【麁抹之木綿衣類】(粗末な木綿の着物)である。
「粗末な絹類の裏地・下着」(年齢制限はあるが)と「粗末な木綿衣類」のちがい,あるいは「木綿の許可」と「木綿の禁止」のちがいが何を意味しているのだろうか。単なる「差異」の強調だろうか。それとも経済的な「格差」を顕在化させるためなのだろうか。逆に考えれば,穢多身分の経済力が平人(百姓)よりも高いことが身分制の弛みに関係していたのか。だが,『歎願書』には自分たちの貧しさが記述されている。「倹約御触書」の目的と「別段御触書」の目的,これらについても再考しなければならないだろう。

『禁服訟歎難訟記』は,神下村判頭豊五郎が書き記したものである。彼は「穢多身分」である。この『禁服訟歎難訟記』は,原文(原典史料:掲載予定)を良く読めばわかると思うが,会話文の箇所では,庄屋及び村役人は「穢多」と呼んでいるし,彼らに自らのことを述べる場面でも「穢多」を使っている。また「御倹約御触書」及び「歎願書」でも「穢多」と呼ばれ,自らを「穢多」とも呼んでいる。しかし,他の箇所では「皮多百姓」と記述している。つまり,会話を含めて客観的な場面(事実)の記述では「穢多」を使い,豊五郎が自らの意見や考えを述べている箇所,たとえば冒頭の部分では「皮多百姓」と自らを呼んでいる。

『禁服訟歎難訟記』も『屑者重宝記』も共に記録書である。事実を客観的に記述しているのがほとんどであり,自分たちの言動や庄屋・村役人との会話によって成り立っている。だが,所々に豊五郎の所感が書かれている。その部分では「皮多百姓」と自分たちのことを記述している。このような点,他身分との関係性に留意して読み深めれば,彼らの自意識がわかるだろう。
「穢多(身分)」であることを誇りに思っていれば,「皮多百姓」の呼称を使うことはなく,謙った表現とはいえ「下賤なる穢多」などと自らを呼ぶこともない。私には「謙虚さ」だけとも思えない。やはり自らの身分的立場に対する「卑屈さ」を感じると同時に,自らが置かれている身分的立場への怒りも感じられる。それが「皮多百姓」であるという自負心となっていると思う。
「賤民」であるかどうかが問題ではない。「賤民」と見なしている人間と社会が問題なのである。「同じ人間」であるかどうか,同じ人間であっても「賤民」であるかどうか,同じ人間であっても自分たちとは「ちがう」かどうか,それを決めるのは,見なす側の意識の問題である。「賤民」が存在したかどうかの問題ではない。

部落史・ハンセン病問題・人権問題は終生のライフワークと思っています。埋没させてはいけない貴重な史資料を残すことは責務と思っています。そのために善意を活用させてもらい、公開していきたいと考えています。