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ハンセン病呼称の変遷(1)

2005年1月,「南野法相,ハンセン病の差別的表現繰り返す」と題した記事が読売新聞に載った。
当時の南野知恵子法相が島根県平田市で開催された島根県議(自民)の新春の集いで,ハンセン病に言及し,「法務省でも『らい』の問題について啓発が必要なので予算をお願いしました」などと,旧病名の「らい」との差別的表現を3回繰り返したという。ハンセン病元患者団体などから「人権問題を扱う法相として認識不足だ」との批判を受けて,南野法相は「看護職にあった長い期間,ずっと使われてきた名称だったので使ってしまったが,差別や偏見の意識は全くない。今後はハンセン病という名称に統一したい」と釈明している。

伝染性が強いとの誤った考えからハンセン病患者を隔離してきた「らい予防法」は1996年に廃止され,「らい」という表現も法律上,消滅している。
しかし,今もなお「ハンセン病」ではなく「らい」という呼称を使用している人も多く,偏見・差別の意味で使われることも多い。「らい筋」「らいの家系」という言葉を聞くこともある。
さらに,インターネット上においては,「らい」どころか「癩」「癩病」「癩病を煩った人々」「癩病患者」という明らかに「差別呼称」を平気で使用している文章を見かけることもある。何らかの「意図的理由」によって使い続けているのか,それとも「呼称変遷の意味」を知らないのか,その本意はわからないが,人権問題やハンセン病問題に関わるのであれば,使用する表現については責任をもって使い分けるべきである。
知らなかったではすまされない問題であり,知った以上は「訂正」すべきである。たとえ,知る以前に書いた文章であっても,私は「訂正」すべきであり,少なくとも「注解」を付加すべきである。

「らい」「癩病」という病名に心を痛めてきたハンセン病回復者たちが「病名の改称」にどれだけの思いをもち,闘争を続けてきたかに思いを馳せるならば,安易に使うことなどできないだろう。そして,「らい予防法」廃止に伴って,長く彼らの要求を公然と無視してきた国や厚生省(現在の厚生労働省)がようやく改称したことも考えれば,これらの表現の使用に際にして注意を払うことは当然のことと思う。
実際,図書館など公的機関が「らい」の標記を残していたことを指摘されて改称している。また,そうした改称問題に取り組んできた多くの人々がいる。

歴史的用語・学術的用語として使用する場合においても厳密な配慮を必要とする。私は史料等の考察の場合において,その当時に使用されていた表現として使い分けることにしている。現在との関係で論述する場合は,ハンセン病という病名を使用している。

ハンセン病の「病名の変遷」については,大槻雅俊(リベル)氏のHP『ハンセン病のリンク集』「日本での病名の変遷」に詳しく説明されている。
大槻氏はHPのトップページ「お願い」で,ハンセン病の呼称について次のように述べている。

このサイトではサイトの性格上,「癩」,「らい病」などの表現が出てきますが,いずれも現在は使われていない言葉です。「ハンセン病」が正しい言葉ですので,ご注意くださるようお願いします。

手元にある『らい予防法廃止の歴史』(大谷藤郎)「凡例」にも,「すべてハンセン病とするべきかも知れないが,本書の歴史的性格にかんがみ,癩,らい,ハンセン氏病,ハンセン病などその時代に応じて使いわけしたことをお許し願いたい」と書かれている。

あらためて,大槻氏のHPにある解説から「病名の変遷」をまとめておきたい。

1953年
「全国国立癩療養所患者協議会」は「全国国立ハンゼン氏病療養所患者協議会」と改称,また略称「全癩患協」を「全患協」に改称した。しかし,厚生省は「癩」から「らい」とひらがなに修正しただけである。以後,患者側は「ハンゼン氏病」と呼び,厚生省は「らい」と呼ぶ状態が続く。
1959年
全患協は原語(ドイツ語)の発音に合わせて「ハンゼン氏病」を「ハンセン氏病」に改称した。協議会も「全国国立ハンセン氏病療養所患者協議会」と改称した。
1983年
全患協はドイツ語読みからより一般的な英語読みにするため「ハンセン氏病」を「ハンセン病」という一般的な病名に改めたが,厚生省や日本らい学会は「らい」という病名を使い続けた。協議会も「全国ハンセン病患者協議会」と改称した。
1996年
「らい予防法の廃止に関する法律」ができたため厚生省や日本らい学会も「らい」を「ハンセン病」に改めた。「日本らい学会」も「日本ハンセン病学会」と改称した。

何よりも重要なことは,ハンセン病への改称は「患者側(当事者)」からの強い要求であったという事実である。ハンセン病患者自らが「癩」「らい」と呼ばれることを拒否したこと,改称を求め続けてきた歴史的背景を重く受けとめ,「癩」「らい」という表現が使われていたそれぞれの時代背景とそれぞれの呼称に込められた偏見・差別,そして「癩」から「らい」,「ハンセン病」へと改称された歴史的経緯について真摯に考えるべきである。
そして,なによりも「ハンセン病」という病名に改称された意味を考え,「癩病」ではなく「ハンセン病」を使用すべきである。

病名として改称されたのである。現在では「癩病」という病名は存在しないのである。

部落史・ハンセン病問題・人権問題は終生のライフワークと思っています。埋没させてはいけない貴重な史資料を残すことは責務と思っています。そのために善意を活用させてもらい、公開していきたいと考えています。