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自由に料理するにはレシピが重要だが、時に不親切さも大事

若い頃に比べると、だいぶ料理ができるようになってきた。かつてはカレーの出来が作るたびに違っていたのだ。どろどろだったり、しゃばしゃばしてたり。一定しない。カレールーのパッケージに記載されている作り方は余白を埋めるためにあるんじゃないレシピを読んでくれと夫に言われて、おっそれもそうだなと、以来レシピを見ながら作るようになった。

あれから十数年、名前のある料理なら、ネットでレシピを検索して作れるわけだが、今度はレシピがないと何を作って良いかまるでわからない。迷子である。

今の所、ポテトサラダ、カレーライス、唐揚げくらいか、ソラで作れるのは。そうでなければレシピを確認せずにはいられない。

応用が効かないのだ。レシピを見て、失敗なしに作れるが、そこから先に行けない、もどかしさがある。いや、レシピなしでは料理を作る自信はない……けれどレシピが窮屈というか。そのせいかここ数年、食事の献立を考えることがひどく面倒で憂鬱になってしまった。

鬱々としていた折に出会ったのが、原田ひ香「古本食堂」である。正確にいうなら本書で紹介されていた本なのだが。

子供の弁当作りのために弁当レシピ本をかい漁り、それこそレシピ通り完全再現できるが、再現できるだけで応用が効かない、という悩みを抱えた主婦が登場したのだ。第一話がこの話で初っ端刺さったのを覚えている。主婦さん、わしもじゃ……と本に囁きかけた、とまではいかないが、久しぶりに登場人物に共感した。

悩める主婦に古本屋の店主は小林カツ代「ハッと驚くお弁当づくり」という文庫本を紹介した。文字だけのレシピ本だという。調べると、料理に関するエッセイのようだ。すぐに注文した。

届いて驚いたのは、文字だけというばかりでなく、材料とざっくりした手順は書いてあるものの分量は載っていない。各家庭で調節しろということなのだろうが、料理本ではなくエッセイというスタイルだからこその大雑把な記載なのだ。この人数ならこのくらいという感覚が問われている。婦人向け雑誌で掲載していたようだし、もしかすると雑誌掲載時には分量載せてたのかもしれない。

まあものは試しだと早速作ってみた。ジャガイモのスピード煮である。ジャガイモとしめじ、あとは白身揚げを追加して片手鍋で作る。醤油、砂糖、酒、みりん、水を入れてがっと煮る。分量はまあこんくらいかな〜とおっかなびっくりである。根菜の煮物は昔から味付けが苦手で気がつくと作らなくなっていたが、本書の通りに作って大成功だった。今はレシピを見なくても作れる。分量はてきとうなのに。それなりに入れる調味料の感覚が身についていたんだろうか。“まあ、こんくらい”というやつ。とりあえず定番の副菜になった。家族からも好評である。

じゃがいも、かぼちゃ、さといも、根菜系の煮っころがしはこの本に記載されているスピード煮のレシピを応用している。

「ハッと驚くお弁当づくり」は手作りへのこだわりが強めだ(冷凍食品を使うことも推奨はしているが)私としては市販のミートボール入れてもええやんけと思うことはあるけれど、今で言うところの時短のようなレシピもあり、今時の家庭料理にも充分応用が効くんじゃないかなと思う。分量の記載がないのは不親切と感じるひともいるだろうが、この不親切さになんとも言えぬ自由があって作っていて楽しい。

小林カツ代氏のレシピ本の元々ファンでもあるので他にも何冊か持っている。氏の味付けがけっこう好きなんだよね。

「古本食堂」ももちろん面白い。続編出てたのではやく読みたいな〜

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